共感しすぎることによる疲労を「思いやり」で克服する
私は医者として、がん患者さんなど多くの治療が難しい方を日々診察しています。患者さんの気持ちに寄り添い、共感的に接することは私の仕事の大切な部分です。しかし、時にはその共感が深すぎて、自分自身も患者さんの苦しみを背負ってしまうような辛さを感じることがあります。
私たち医療従事者は、患者さんに寄り添い共感的に接することが良質な医療であると教育されています。これは、患者さんにとっても、治療を受ける上で重要なことです。しかし、この共感が過剰になると、医療従事者自身が感じるストレスが増大し、バーンアウトへとつながることがあります。例えば緩和ケア病棟で、熱心に患者さんに寄り添う看護師が、疲れ切ってバーンアウトしてしまったのを見たことがあります。これを「共感疲労」と呼ぶびます。
「共感疲労」は、患者の苦しみに対する深い共感と、それに伴う感情的な負担が原因で発生します。相手の痛みや苦悩を理解しようとする過程で、その感情を自分のものとして感じ取ってしまい、その結果、ストレスや疲労が蓄積されます。これが続くと精神が消耗し、やがてはバーンアウトを引き起こす可能性もあります。
その対処のためにはセルフケアが重要です。十分な休息、睡眠、適度な運動、リラクゼーションなど。また、仕事とプライベートのメリハリをつけずっと患者のことを考え続けないというのも大切です。しかし、医者によっては、過度に感情を抑え冷静に振る舞い、患者との間に壁を作り、「共感しないようにする」というやり方を取る人もいます。よく医者は冷たいといいますが、それはこの様な背景から来るのではないかと感じることがあります。そのやり方は自己防衛的で患者との関係にとってマイナスになることもあるでしょう。
先日 マインドフル・プラクティス - 医療を支えるマインドフルネス-ある臨床家の実践 - という本を読みました。(非常に面白い本と感じたので皆さんにもおすすめします。)この本には医療者がマインドフルネスを実践することで仕事に良い影響を及ぼすということが書かれています。
マインドフルであることが患者の症状の見落としを防ぐということから始まり、医療者のバーンアウトを防ぐこと、レジリエンス(精神的回復力)や成長力に役立つこと、組織としてマインドフルであることの意義について書かれていました。
その中で「思いやりの心が揺らぐとき」という章があります。まさに、患者に対する共感が医療者に苦悩を呼び、共感的すぎる医療者は傷つき燃え尽きてしまうことがあること、それを防ぐにはどうすればよいのか述べられていました。
そこで言われていたことは、共感だけではいけないと言うことです。では何が共感以外に必要なのか、それは「慈悲」や「思いやりの心」です。私はそこで目から鱗が落ちるような気持ちになりました。
共感を避けるのではなく、一歩進んで患者に対する思いやりの心を強くする、それでバーンアウトが避けられるのであれば医療者にとっても患者にとってもポジティブじゃないか!
この本では、思いやりの心が苦悩に接した際の精神的緊張を和らげ、それを克服するのに役立つと述べられています。共感して苦痛を共有してしまうだけではなく、相手の幸せを願いそのために行動しようとすることで、ポジティブな気持ちが生まれるのでしょう。実際にその効果についての研究も行われています。
"The Benefits of Loving Kindness Meditation for Helping Professionals: A Systematic Review"
"The effects of Compassion Cultivation Training (CCT) on health‐care workers"
という研究があります。
思いやりを培う方法として慈悲の瞑想が挙げられていました。
慈悲の瞑想(compassion meditation)は、慈悲心を養い、他人に対する理解と愛情を深めるための瞑想法です。上座部仏教で行われているもので、リラックスして座り、まず自己への慈悲を感じ、次に親しい人、友人、知人、さらには嫌いな人に対して、他者への慈悲を拡大します。
心のなかで唱える言葉がwikipediaにあげられていました。
私は幸せでありますように
私の悩み苦しみがなくなりますように
私の願いごとが叶えられますように
私に悟りの光が現れますように
私は幸せでありますように(3回)
※こころの中で「私は幸せでありますように」と繰り返し念じる。
私の親しい生命が幸せでありますように
私の親しい生命の悩み苦しみがなくなりますように
私の親しい生命の願いごとが叶えられますように
私の親しい生命に悟りの光が現れますように
私の親しい生命が幸せでありますように(3回)
※こころの中で「私の親しい生命が幸せでありますように」と繰り返し念じる。
生きとし生けるものが幸せでありますように
生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように
生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように
生きとし生けるものに悟りの光が現れますように
生きとし生けるものが幸せでありますように(3回)
※こころの中で「生きとし生けるものが幸せでありますように」と繰り返し念じる。
私の嫌いな生命が幸せでありますように
私の嫌いな生命の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな生命の願い事が叶えられますように
私の嫌いな生命に悟りの光が現れますように
私を嫌っている生命が幸せでありますように
私を嫌っている生命の悩み苦しみがなくなりますように
私を嫌っている生命の願い事が叶えられますように
私を嫌っている生命に悟りの光が現れますように
生きとし生けるものが幸せでありますように(3回)
これは若干「スピリチュアル」な印象でとっつきにくいようにも感じました。しかし思いやりは医療の心の根本的なところであり重要です。
実際の有効性などは個人差や不確実なこともありそうだと感じましたが、瞑想は短時間で簡便に出来るためそれほど手間でもなく、気軽な気持ちで実践してみています。
これで人にも自分にも優しくなり、質の高い医療に繋げられれば良いと思います。