「八甲田山の日(1月23日)に、俺の身体も遭難していた——63歳、糖尿病宣告の記録」
「そんな目で俺をみないでくれ」
「はい、いいですよ〜」
狭い診察室の空気はどこか生ぬるく、70歳手前と思われる医者は、さっきまで退屈そうにしていた。
聴診器を外す仕草すら、もう何百回も繰り返してきたルーティンの一部だったのだろう。
だが今、その医者の目が俺の胸のあたりを見つめていた。
まるで、死刑執行の宣告でもするみたいに。
「気の毒に……」
言葉にこそしないが、その目がそう語っているように感じた。
「緊急入院レベルです」
カチカチカチ……
マウスの音だけが診察室に響く。
PC画面には、俺の血液検査のデータがずらりと並んでいる。
ポインタは、赤い文字の「空腹時血糖 300」に吸い寄せられるように止まった。
「すぐ紹介状を書きますから、かかりつけの病院に行って治療を受けてください。緊急入院レベルです。」
目の前で文字が燃えるように赤く光っている気がした。
血糖値300。
そいつが俺の身体の中で、まるで火事でも起こしているみたいだった。
「日産自動車って知ってますよね?」
ふいに医者が言う。
「HbA1c、この数値が8を超えてたら、仕事をやめさせて即入院させる運営をしてるんですよ。」
ポインタがまた移動する。
赤文字で「HbA1c 12.3」
数字はどこか警報のランプみたいに見えた。
「俺、死ぬのか?」
瞬間、体の力が抜けた。
……でも、俺、まだ死んでないじゃん?
診察室の中だけ、時間が妙にゆっくりと流れている。
外の世界は相変わらず動いているのに、俺の人生だけが何かに捕まって、止められてしまったみたいだった。
「あー、めんどくさい」
本当はそう言いたかった。
でも、言えなかった。
「まだ、俺にはやることがある」
そして、ふと気づいた。
このまま死ぬのは、なんだかもったいない。
俺が今まで積み上げてきたものは、なんだったんだろう?
田舎に引きこもって、しいたけを育てて、いろんな人と関わって……
もし、俺がいなくなったら、その縁もすべて消えてしまうんじゃないか?
俺が残せるものは、なんだ?
ただ「縁」だけだ。
そう思ったら、noteを書きたくなった。
「俺は、まだ生きている」
そう、まずはそこからだ。
追伸
なぜ、八甲田山の日に? それについては次回振り返ってみます。
#血糖値300の衝撃
#HbA1c12 .3ってマジか
#糖尿病と生きる
#健康診断は未来からの警告
#見て見ぬふりの代償