表現規制で女性が訴えたいこと。それは「冴羽獠と音無響子」を見ることで開けるという話。
昨今、「表現規制」というものが社会で広く議論されるようになった。
それは今まで男性主体で作られてきた創作物が、女性から見て不快な表現を含むということで、そうした表現が目に入らないように配慮してほしいという要請のことであり、これに男性側がひどく反発することで、現在両者の間には溝の深い男女対立が生まれ、主にサブカルチャー界隈の中で大きな問題となっている。
それは今まで社会が男性中心で回ってきた中で、いかに女性のことが無視されていたか、そして女性の社会進出が進んだかということを象徴する話であり、それが良きにしろ悪きにしろ、変化した時代の中で過去はもはや不退転のものとして処理され、現在目にする創作物の中から男性主体である表現はほぼ消滅し、男性視聴者のみに向けられた下着や局部の強制的な露出といったサービスシーンなどの表現は、現在成人向けを除くほとんどの創作物の中から失われて久しくなっている。
しかしそんな時代の中でも、女性に不快な表現というのであれば真っ先に目を付けられなければならないのに、未だ手つかずどころか、不退転のはずの当時のまま不変でいる創作物があることを、みなさんはご存じであろうか。
それが「シティーハンター」である。
漫画「シティーハンター」の主人公「冴羽獠」は、名うての掃除屋(スイーパー)として並外れた身体能力と銃の腕を誇るにも関わらず、度の超えたスケベであり、美女を見るとすぐにセクハラをかまし、下着を盗み、事件解決の報酬として「もっこり」と称する肉体関係を迫るという、現代感覚であれば明らかに問題のありすぎるキャラクターである。
本来こんなキャラクターを主人公とする作品は、女性たちの手によって糾弾され、表現規制のやり玉に挙げられる最たる作品として議論されていなければならないだろう(実際、そういう声が完全に全くゼロというわけではない)。
が、実際はどうだろうか。なんとこの作品、女性に非難されるどころか、むしろ人気の中心は女性なのである。
それも今に始まったことではなく、女性の声が無視されていた80年代当時から今に至るまで、つねに女性人気の中心であり続け、女性人気の高い少年漫画の代表として名を馳せているのだ。
表現規制がさかんに叫ばれるようになった現代でこれは奇異なことであるが、実際にそうなのだから仕方がない。
ではここでその逆、女性に人気のキャラクターが冴羽獠とするなら、男性に人気のある女性キャラクターを見てみよう。表現規制の理屈から言えば、男性人気の女性というのはさぞセックスシンボル的なキャラクターではないかと思われるものだが、実はそこにも意外な結果がある。
シティーハンターは80年代の作品ということで、それと同時期に存在し、そして人気を博したキャラクターとしては、「音無響子」というキャラが挙げられる。
音無響子は漫画「めぞん一刻」に登場するヒロインであり、小さなアパート「一刻館」の管理人を務める若い女性であり、家庭的で淑やかな性格をもち、いつも優しい微笑みが絶えないキャラクターである反面、実は嫉妬深く一度思い込むと歯止めがきかないという欠点も持ち合わせており、その二面性あるキャラクター造形は彼女特有のものとして多くの男性を魅了した。
単に家庭的なだけではなく、「嫉妬深い」という欠点が加わることで人間味を増すだけでなく、女性の負の側面についても描くことにより、リアリティあるキャラ付けがなされた彼女は男性だけでなく多くの女性の共感を呼び、女性にも一定の人気を博しそうなものだ。
だがこの響子、男性には人気なのだが、実は当の女性からは嫌われているキャラクターとしても名高い。
たいてい女性に人気のない女性というのは、男に媚びるような言動や行動をしたり、男性の都合だけで構成されたような女性であるが、むしろ響子の方は劇中で幾度となく嫉妬や思い込みによって暴走し、あわや主人公にして恋愛進展中の五代祐作とも関係破綻まで行きかけるという、男性に都合のいいだけではない描写がなされており、その点で女性に不人気になる要素は少ない。
にも関わらず、女性からはむしろ嫌われているキャラクターなのである。
明らかにコンプライアンス的に問題のある行動を繰り返す獠が女性に人気で、女性のリアルを持ち合わせた女性である響子が女性に不人気という、ある種の逆転現象がここで起こっている。
これは奇異なことであるが、実際にそうであるまま時代は進み、現代においても冴羽獠は女性に人気であり続け、響子は作品人気とは裏腹に女性に不人気であり続け、不変のままにここに来た。
なぜこのようなことが起こるのだろうか。
しかしこの疑問は、ある側面から両者を俯瞰することによって解決する。
そして実はそこからこそ、表現規制が叫ばれるようになった現代において、女性が規制された表現の中で何を拒否しているのか、そして本当に望んでいるものは何かということを知ることができるのである。
このnoteは、冴羽獠と音無響子、両者の女性人気をある側面から観察し、そこから表現規制が叫ばれるようになった現代において、女性たちが創作物の中で何を欲しているのか、そして何を嫌っているのかということを解き明かしていく書であり、そして本当の意味でコンプライアンスを守るということは何か?という点の、現代に語られる諸問題におけるひとつの理解を進めるための手助けをするものである。
念のために断っておくが、本書は表現規制の是非や、仔細な男女論の記述といったことには踏み込まない。
ただ現代における女性たちの意見の理解を進め、それまで頭を悩ませていたであろう創作物の表現における男女のギャップにひとつの理解を与え、あなたの生活がより穏やかに過ごせるようになればと願うものである。
音無響子―女性に嫌われた女性キャラ
本丸の冴羽獠より先に、先ずは音無響子というキャラクターについて解説していきたい。
本書の目的が「サブカルチャーから女性の理解を進める」ことである以上、まず彼女の女性人気について理解を進めておくことが重要だからである。
音無響子とは漫画「めぞん一刻」に登場するキャラクターで、女性のリアルを持ち合わせたキャラクターであることは冒頭に解説した通りである。
彼女の男性人気は現代でも本物であり、2014年のebook japanが行った調査では「クリスマスにデートしたい異性のキャラ」の男性部門で1位を獲得し、2013年のダ・ヴィンチ12月号の「高橋留美子キャラクターランキング」でも男性票1位、2020年の「ふたまん」による「男性が恋した高橋留美子キャラランキング」でも2位を取るなど、連載終了後からかなり時間が経った現代でも男性人気が揺らがない事が分かる。
主に男性を惹きつけたのはその面倒ともいえる性格であり、トレードマークのひよこの描かれたエプロンを身に着け、いつも布団を干したりアパートの玄関を竹ぼうきで掃除しているのが印象的な姿は、彼女を家事が得意で家庭的に見せる。
一方で、主人公にして響子に恋する五代祐作が他の女性と仲良くしているとすぐに嫉妬し、機嫌が悪くなることや、実は天然でもあり、五代の話をよく取り違え、その結果トラブルに発展するということはしょっちゅうであり、そうした一面こそがむしろ当時の男性の人気を独占することとなった。
嫉妬とは好意の裏返しであり、天然というのは女性にあどけなくかわいらしい印象を与えることから、主人公・五代に感情移入する人の多い男性読者においては、その欠点もむしろ"ご褒美"に映り、その魅力を最大限に引き出すものになるということだろう。
それを女性の漫画家が描いたというのだから、改めて高橋留美子という作家の男性への理解がうかがえるというものである。
しかしそんな彼女も、男性の人気は絶対のものながら、女性人気ともなるとこれが逆転してしまい、一気に人気が落ちてしまう。
「面倒くさい女」「魔性の女」「好きでもないのに思わせぶり」などなど散々な言われようであり、実際先の2013年ダ・ヴィンチ12月号のランキングでも、男性票では1位ながら、これに女性層を加えると全体で3位、女性票単独であれば7位にまで転落してしまうのである。
男性と女性で異性に求めるものは違う、というのはよく言われることであるが、それでもこれほどまでに差が生まれるのは奇異なことのように思えるだろう。
ではどうしてそのように言われるのか?という点は、実は非常に分かりやすいもので、それは「五代の恋のライバル・三鷹をキープしている」という点である。
めぞん一刻には五代のライバルとして三鷹瞬(アニメ声優は冴羽獠と同じ!)というキャラクターが存在し、実家が太くスポーツ万能、絵に描いたような好青年でありながら、五代と同じく響子に恋惹かれ、アタックをかけていくという筋書きであるが、劇中を見る限りでは、響子は彼に特別な感情は持っていないように見え、なのにもかかわらず二人はよくデートに出かけ、その微妙な関係は劇中終盤まで続いた。
興味がないのなら振ってしまえばいいのに、響子ははっきりしない思わせぶりな態度を続けて三鷹をキープし続け、五代とうまくいかなかった時のための保険だけは常に持っておくということで、それは女性からすれば三鷹に対する不誠実な対応と映る。
実際劇中でも五代と三鷹を比較し、どちらと再婚するのが有利かと計算するシーンもたびたび出てきて、それは処世術としてはきわめて現実的なものなのかもしれないが、当の女性からすれば男をふるいにかけているようなもので、なかなか受け容れ難い行為というのが、多くの女性たちの感想※1なのである。
それでいて、五代が他の女性と親しくしているとすぐに不機嫌になるというのも、自分は男をキープしているのに五代の女事情には厳しく、自分を棚に挙げて五代に対しても不誠実であると女性には映る。
その態度は――あくまで女性にとってではあるが――恋に全力であるように映らず、そのくせ自分の都合のいいように男をかどわかす魔性のものとして考えられ、女性から不人気の理由を形成しているのである。
以上のことを見ると、女性にとって恋横暴において許しがたい好意というのは「一途ではない」「自分の想いに対してはっきりしない」ことだと考えられ、その両者の条件を満たさない響子は、女性に人気が出なかったものだと考えられる。
昨今、ラノベなどを中心に男性一人を女性が囲う作品などが隆盛するにしたがって、男性側からは女の数=男のステータスのように数えられることがしばしばだが、当の女性からはとにかく一途であることが重要なのだというギャップが生まれている。
そしてこの認識をもとに冴羽遼というキャラクターの人気をひも解くことが、昨今の女性事情を知るにあたって大きく寄与するのである。
女性に好かれる男・冴羽獠
それでは本題の冴羽獠の解説に入りたいと思う。
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