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球団ヒストリー65.“新時代”サイドストーリー

就職斡旋が軌道に乗り、また大学からの入団ルートが確立された2013年。
それにより戦力が増強され、公式戦で人数が足りないなんて心配もほぼなくなった。
この年の目標は、2012年に果たせなかった全国での一勝。

しかし、予想に反して戦績は振るわなかった。
公式戦は3試合のみ、1勝2敗。
これについては、『球団ヒストリー61.動物園⁉』に詳しく書いてあるので読んでいただけたら嬉しい。

しかし2013年は、戦績以外のところでこれまでとは違う動きがいくつもあった。

海外プロ野球チームとの対戦

まずは1月末に、韓国のプロ野球チーム、韓国ロッテジャイアンツ2軍との対戦。

これまでも、薩摩川内市にキャンプに来ていたオリックスや千葉ロッテとの対戦はあった。
しかし今回は海外のチーム。
そして、公式戦以外ではなかなか使用が許されない県立鴨池球場(平和リース球場)での対戦。鹿児島のメインスタジアムでの試合となると、選手たちの気持ちも違う。スタンドには多くの野球ファンが訪れていたようだ。

敗れはしたものの1-2。
決して恥ずかしい試合ではない。むしろ大健闘だ!

試合後の、キャプテンと代表のインタビューが印象深い。

北迫キャプテン
「去年のいい試合と、今年のいい試合ではわけが違う」。
それだけ、選手たちの意識が変わり、練習の質や常日頃の野球に対する姿勢が変わってきた証拠だ。

國本代表
「みんなに見てもらいたいチームになりつつある」。
これまではチーム力が安定せず、大負けすることもあった。
応援してほしいけれども、そんな試合をお見せするのは…そのジレンマが少しずつ解消されてきていた。

日置市との提携

7月には、球団として初の自治体との協定を結んだ。
創設当初からのいわばホームグラウンド、伊集院球場を擁する鹿児島県日置市と『スポーツによる元気で健康なまちづくりの推進に関する協定』だ。

これに関しては別記事で詳しくお話させていただく予定だが、ひとつだけ。この協定がきっかけとなり実現したことがある。
翌年の全日本クラブ選手権九州地区予選の誘致が決まったのだ!

 野球のクラブチーム九州ナンバーワンを決める大会が来年8月、日置市で開催されることが決まった。同市で長く練習を続け、大会に出場を予定している鹿児島ドリームウェーブ(DW)のナインも「地元で優勝を」と意気込んでいる。
 鹿児島DWにとって日置市は、2005年の発足当初からほぼ毎週末、練習に取り組んだ本拠地ともいえる場所。今年7月には市と「スポーツによる元気で健康なまちづくりの推進に関する協定」も締結した。
 開催が決まったのは、全日本クラブ野球選手権九州地区予選。鹿児島県では初の開催で、伊集院球場と湯之元球場を使い、九州の約15チームがトーナメントで争う予定だ。
 協定を結んだとはいえ、日置市民にはまださほどなじみのない鹿児島DW。新チームで新たに選手兼任の監督となった竹山徹さん(37)は「鹿児島でできるのはメリット。地元の人、特に少年野球の選手に観てもらいたい」と話し、「優勝を目指す」と力を込める。
 誘致した國本正樹球団代表(43)も「選手たちの気持ちは全く違う。地元での試合で絶対に負けてはいけない」。連覇を逃した今年の悔しさを日置市ではらそうと、週末の練習にも熱が入っている。

2013年9月21日 南日本新聞

1987年(昭和62年)の鹿鉄野球部廃部からホワイトウェーブが発足する2005年まで、社会人野球チームが存在しなかった鹿児島県。

高校野球となると目の色が変わる県民性なのに、それ以外の野球シーンは静かなものだった。
プロの試合も数年に一度オープン戦がある程度。

しかしやっと、やっと、初めて、鹿児島県内で全日本クラブ野球選手権大会九州予選が開催されることになった。
チームを支えてくださるスポンサー企業、選手の所属先企業の皆さまにも、公式戦を見ていただける!

それは1年後の話ではあるが、早くもこの年の公式戦を不本意なかたちで終えていた選手たちにとって、大きな大きなモチベーションになったはずだ。

選手のCM出演も

ちょっと番外編になるが、過去の映像などを調べている中で偶然このCMを見つけた。
『鹿児島県点検商法消費啓発CM』。

2013年あたりを調べていても誰の口からも出てこなかったので、きっとチームとしては大きなことではないのだろう。

でも、私のような一般市民から見ると「こんなCMに出てたんだ!」という驚き。 見慣れたドリームウェーブのユニフォームも、テレビ画面から出てくると嬉しさは数倍増しだ。
よく見ると県内の3競技6団体が出ているので、ドリームウェーブだけにオファーがあったわけではなさそう。
しかし「だれ?」「どこ?」というチームではあまり意味をなさないだろうから、やはりある一定の線はクリアしていたものと思われる。

そういえば、当時のキャプテン北迫太樹さんがこの年のことを「新時代」と話しておられた。
なるほど、印象深い”初めて”のある年。
ただ公式戦の結果だけが残念だった。

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