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時間は買えない。
「どんなに働いても、時間という報酬は手に入らない。
どれほど大金を積んでも、時間を買うことはできない。
だからこそ賢明に使うべきなのだ。」
(アーニー・J・ゼリンスキー)
人の一生は、有限であり、元気にに活動できる期間は限られている。
医学の進歩により、癌が撲滅され、ナノテクが進化すれば、
死は、自己判断になるという。
「そろそろこのあたりで、お暇します」
といって、死ななければならなくなるらしい。
死にたくても死ねない。
しかし、体力が落ちていくことには間違いあるまい。
好きなものを食べ、好きなものを見て、好きなところへ行けるのにも
やはり限界があろう。
ましてや、今の年金制度で、生きていけるのか?
そちらの方が心配ですね。
中国では古くは始皇帝(紀元前3世紀ころの人物)が不老不死を求め、
実際に徐福に蓬莱の国へ行き仙人を連れてくるように(あるいは仙薬を持ってくるようにと)
命じたことが『史記』に記録されている。
無論それらを探し出せなかった徐福は始皇帝の怒りを恐れて、
そのまま日本に「亡命」したと伝説は語っている。
(ウィキペディア 不老不死より)
1日は、86400秒。
1秒1円としても、毎日、86400円分が、消えていく。
お金は使えば、また稼げばいいし、方法はある。
しかし、時間は、猛烈な勢いで、未来からきて、
過去へ去っていく。
本当にこのままでいいのかい?
毎日が、鉄鎖につながれた人生を送り続けて・・・
今、やりたいことは?
今、見たいものは?
今、行きたいところは?
今、会いたい人は?
それは、定年後の65歳でいいのですか?
65歳過ぎてから、本当にできますか?
「いつかやろう」は、永遠に来ない。
だから、「今、やろう」と僕は思いました。