潮騒
三島由紀夫の潮騒を初めて読んだのは、となりの席の女生徒に淡い恋心が芽生えていた頃だった。
そのせいであろう。憧憬の念を抱きながらページをめくった記憶がある。歌島の港、灯台、八代神社、とりわけ監的哨の場面であることは言うまでもない。
あれから47年、ようやく島を訪れる機会を得た。
「歌島は人口千四百、周囲一里に充たない小島である。歌島に眺めのもっとも美しい場所が二つある。一つは島の頂きちかく、北西にむかって建てられた八代神社である。」
伊良湖から小船でたどりついたその島は、コンビニはおろか売店すらない。昭和の時間が今もゆったりと流れていた。
宿に荷物をおいて八代神社、灯台、監的哨へと登って行った。誰もいない監的哨は静まり返り、聞こえてくるのは潮騒と、島を渡る風の音、そして鳥の声だけだった。
屋上から伊良湖水道を見つめる君の横顔が、かつて教室で盗み見た女生徒の面影に重なる。
遠く潮騒を聞きながら、長い年月、同じ路を歩んで来られたことにそっと感謝した。
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