雑語矯正士の憂鬱 by k.m.Joe
どうも初めまして。確認ですが、このインタビューって私の名前は伏せて下さいますよね。あぁ、ありがとうございます。あくまで一個人の意見として取り上げて下さい。
ご存知とは思いますが、雑語の矯正活動についてその推移からお話しします。5年前の政府決定で、特に使用頻度が目立つ三大雑語「カワイイ」「ヤバイ」「ムズイ」を使わないようにしようとなりました。根底には、正しい日本語表現への回帰という思惑があります。因みに雑語とは、この活動の為に造られた言葉で「大雑把な用語」といった意味です。
まず、活動の主軸となる雑語矯正士という職業が創られ、都庁の職員だった私もメンバーに選抜されました。あ、都庁職員というのは隠して下さい。最初の1年は準備期間でした。メンバーを各所から集め、東京23区に矯正センターを設立するのが目的でした。後で知ったのですが、その裏で科学者チームが結成されていました。そして、あの雑語矯正ワクチンが開発されたのです。
では、矯正士と名乗る我々は何をするのか。2回目のワクチン接種が終了した後面談し、三大雑語を発するようなシチュエーションを作り、別の言語表現が為されるか、いわばテストをする事でした。矯正不十分の結果が出た場合に、後日開発された新型のワクチンで、再度テストする段取りが組まれました。
えぇ、そうですね。テレビ番組の出演者やSNSのインフルエンサーにも三大雑語を使わないよう徹底してもらい、表現力豊かな言語表現が為された場合には、協力金が支給されるというシステムも作りました。思いの外順調に事が運びました。そして最近では、雑語に加え略語も矯正するという、いわば二刀流の政策が発表されました。もっとも、三大雑語を潰した時点で、他の雑語や一部の略語まで消えかかっている感触もあります。
はい、私がインタビューをお願いした理由ですよね。実は最近、フィールド調査を担当しているんです。私の管轄は、渋谷のスクランブル交差点周辺です。特に若者に集まってもらい、三大雑語が出てこないかテストを繰り返しました。
動物や赤ちゃんの写真を見せると「愛らしい」「天使みたい」「なごむ」など。女性に男性アイドルの写真を見せると「凛々しい」「優男」「男らしい」など、男性に女性アイドルの写真を見せると「美人」「妹にしたい」「守りたい」など。ホラー系の動画を見せると「危ない」「気持ち悪い」「恐い」など。難解なクイズ問題を出すと「レベル高い」「これはちょっと」「だめだこりゃ」など。当方の思惑通り、各々の言葉で感想が得られたのです。しかし、調査を進めるにつれ、違和感を感じ始めたんです。言葉は素直に出しているんですが、みんな表情が硬いんです。先方も違和感を持っているような様子なんです。正直、我々の矯正は正しかったのかといった根本的な疑問がふと湧いてきました。もちろん、誰もそんな事は言ってません。私自身の思いも揺れています。だからこそ、こういう考えはどうなのかってメディアで取り上げて欲しいんです。どうかよろしくお願いします。
数日後、インタビューを行った週刊春潮の編集室で、担当記者と編集長が会話を交わしていた。
「テープを聞かせてもらったが、最後の部分は要らんな。個人的感想過ぎるし意味もよく解らん」
「僕もそう思います。矯正の流れはよく聞けましたんで、その線で纏めようと思います」
「うん、それでいこう。次があるから急いでな」
記者は自分のデスクに戻り、インタビュー相手の都庁職員を思い浮かべていた。ああいうエキセントリックな人の事、ズバリひと言で表している言葉が確か有ったよな、何だったかなあ……。記者は、どうしても思い出せなかった。やがて、考えるのを諦め、記事をタイピングし始めた。
(終わり)