ローソクの伝来 by 神田南田
本日もしばしの間、私、神田南田とお付き合いいただきたいと存じます。
本日はローソクについてのお話でございます。いえいえキャンドルなどというハイカラなものではございません、ローソクのお話でございます。
今では誕生日など、デコレーションケーキの上に乗せたり、えっ? 何ですか? 何本乗せるのかって? もちろん年の数だけ乗せるというのが昔からの決まり事でございます。
それではケーキ 一面がローソクで埋まってしまう、えっ? 何歳なんです? 92歳。それはそれはイチゴをトッピングしようにも、ところ狭しと並んでいるローソクの合間にスキマをこじ開け、ストロベリーというよりは、もうほとんど野いちごぐらいしか乗るスペースがございません。
仕方がないのでケーキの側面にポチっポチっと飾っていく、それはもうケーキをイチゴで飾るというよりは、ローソクをイチゴでデコレートしているような、何が何だかわからない世界でございます。
いえいえ、今日はそんなお話をしに来たのではございません。どうしても気になって眠れない方がいらっしゃるといけませんので申しておきますと、大丈夫です。最近は数字のローソクというのがございまして、92歳でもローソクは『9』と『2』の2本で済むようになっております。
さて、時は天平19年。えっ、今度は何ですか? それいつ頃の話かっていうんですね。天平19年とは西暦で言えば747年、日本ではいわゆる奈良時代でございます。
鳴くよウグイス平安京ですから、794年から平安時代になるちょっと前のことのようでございます。
この年の伽藍縁起並流記資材帳というものにローソクの記載があったとのことですから、奈良時代からローソクはあったようでございます。
えっ、何帳だかもう一度言ってみろって言うんですか。そのがらんえんぎへいりゅうきしざいちょうに記載があったわけです。
この伽藍縁起並流記資材帳によりますと、えっ、もういい、そうですか。はい、ではその何とか帳によりますと、当時のろうそくは蜜蝋だったようでございます。はいはいはいはい、さぶろうでもジローでもイチローでもございません。みつろうでございます。
中国から仏教の伝来とともに伝わったと言われておりますので、当時からお仏壇にはローソクが付き物だったようでございます。
仏教とともに伝わって来たのは、何もローソクだけではございません。
ローソクよりも前に伝わっていたのが屏風でございます。
日本最古の屏風は、ローソクよりもさらに遡り、686年朝鮮半島の新羅から献上されたものと言われておりますが、その後日本でも平安時代には唐絵というものが流行しまして、のちに江戸時代の屏風に多大な影響をもたらしたと言われております。虎の屏風などもたくさんございます。ほら、あの目ん玉ぎょろりとしたちょっと変な顔した虎さんの屏風、皆さまも一度はご覧になったことがあるのではないでしょうか。
それはさておき、当初は中国に対して好意的に遣唐使を送っていた日本ではございますが、894年には遣唐使が廃止され、中国との貿易は断絶、ローソクも入ってこなくなったのでございます。
そこから、日本でも和製ローソクというのが作られるようになっていくのですが、それはまだ先の話。
ということで、本日はここまで。
えっ! そんな。こんな中途半端なところで終わっちゃうのというと言う声を後にして、突然終わるというサプライズ。
これにてローソク伝来の序とさせていただきます。