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罠 by Miruba

 私は、嵌められただけだ。
 何度もそう言うのに誰も信じてくれない。最初は警察さえ信じてくれなかった。 
 いや、今だって疑っているのだ。
 私一人の犯罪だと思われて、長い時間の取り調べを受けた。 
 なんでこんなことになったんだ。 
 私は自分の家の居間にいる。だが、周りには刑事が何人もいて、私は監視されていた。
 目の前のテーブルには、電話も携帯もパソコンも置かれていて、恋人の雄介からのなにがしかの連絡があることを、今か今かと待っているのだ。雄介から与えられた携帯で二人のやり取りをしていて、今日話があると、メッセージが入っていた。「警察には言わないでね、俺が殺されるから」
 愛しているよ、と言われて、私は一瞬ひるんだが、どちらにしても見張られていて、隠し通せることではなかった。
 警察だけじゃない、私だって、雄介に聞きたいことは山ほどある。
 雄介と出会ったのは、3年ほど前。
 夏季休暇で仕事のストレスを開放するべくハワイに行った真夏の夕暮れだった。
 道を聞いてきた日本人の男性が雄介だった。 
 お互い一人旅ということで話が弾み、仕事場所が東京、それも都庁近くにオフィスのある外資系の会社に勤めているところまで似ていて、一気に親しくなった。
 雄介はIT関係、私は総合商社だ。
 しかし、今思い返せば、雄介は私をターゲットにし近づいてきた気がする。
 私の勤める会社もセキュリティーには膨大なコストを計上しているが、雄介のようなハッカーからすれば内部の情報入手など容易いことかもしれない。
 私の経歴や銀行口座、勤務実績や休みのことなど把握するのは赤子の手をひねるようなものだったろう。
 あ、そうか、前のセキュリティー会社から突然今のセキュリティー会社に変わったのも、もしかしたら裏で雄介たちが暗躍していたのかもしれない。 
 ああ、疑えばきりがない。
 ただ、現実には私が副業として立ち上げていた会社から配った証券が発火して、火事を起こしあちこちの金庫や家屋の焼失になったという事実が歴然としている点だ。それも三百か所に上る。
 何が幸いしたかというと、犠牲者が出なかったことだ。
 証券には最新式の送受信タイプのICタグが付いてるということで、このペーパーレスの時代にもまだ紙の証券が日本人を安心させる、またICタグが付いていて、窃盗などで他人に渡ることがあってもGPSが使えるから安心だ、という触れ込みだった。
 そのICタグが何らかの電波(指令)を受け発火した。タグの中に小さな黄燐のような成分が検出されたということだが、本当のところ、まだ決定的な原因はわかっていなかった。
 だって、作った張本人と思われたのが私だから。私が知る由もないことだ。

 副業で立ち上げた会社も最初は雄介と一緒にやる予定だったのだ。急に海外出張があるからとりあえず一人で切り盛りしててと言われた。営業も雄介がどこからか手に入れたリストに沿って、私が足を運びプレゼンを行った。 
 いざアポの日という時に雄介は出張だのなんだのと同行できなくなるので、社員を雇い、その子と回った。
 しかし、その子も忽然と姿を消した。きっと雄介が仕向けてきたに違いない。履歴書は偽造。名前も偽名だった。
 つまり、表に立っていたのは常に私だったということだ。
 雄介のリストにある顧客はすべて議員の自宅だった。議員のご家族を相手にするのだ。
 裏金には国民の目が光っているので、少しでも蓄えを増やそうという議員は少なからずいるのだ。
 なぜだか最初から営業がうまくいったのも、雄介のなにがしかのバックがあったからだろう。
 意外に営業の実力があるのだわ、と思った自分が浅はかすぎて目も当てられない。

 議員の家族の自宅や選挙事務所が襲われたら、国家的な大騒ぎとなるのは当たり前だ。
 クーデターか? とか、裏金つくりか? とか大騒ぎになったが、一人の狂った女の仕業だと決めつけられたニュースで、世間は私だけに憎悪の目を向ける。

 私は嵌められただけよ。
 雄介の存在を訴えても、彼の影が見えなかった。
 彼の勤める会社に、雄介という人物はいなかった。
 いや、雄介の会社に行ったとき会議室に連れて行ってくれた、あの時廊下で会う人が皆きちんと挨拶していたから、てっきりあの会社の人間だと思い込んだのだ。
 警察が、「貸会議室だったぞ」と教えてくれた。そりゃ貸会議室の客だと思うから、みんな挨拶していただけなのよね。

 携帯がテーブルの上でブルブルと動きながら、パッヘルベルのカノンの曲を流した。
 カノンは雄介からの連絡のしるし。
 刑事たちが一斉に緊張をするのが分かった。
 「電話に出てください!」
 言葉は丁寧だが、威圧的な命令口調で刑事が言った。
 私は恐る恐る携帯を取り上げ、耳に当てた。
 「……雄介なの?!」
 「何?」
 台所から雄介が濡れた手をふきながらこっちに向かってくるのが見えた。
 「え?!」
 「……ああ、夢か?」周りを見回してたった今まで横にいた刑事がいないのに気が付いた。
 「何だ、うたたねしてたの? さっきからなにか、ぶつぶつ言ってると思った」と言って雄介が笑う。
 あ~よかった。
 私は心から安堵した。
 何もかも失われたかと思ったわ。
 私はつけっぱなしだったテレビのニュースに議員さんたちがずらっと並んでいるのを見ていた。
 総裁選か……
 「夕飯にしようよ」雄介がテーブルにサラダなど、夕飯を並べている。いつも休みの時は作ってくれる優しい人なのだ。
 食事前にシャワー浴びちゃおうかな、と立ち上がった時に、雄介が言った。
 「そういえばさ、 ○○議員の奥様に会ってきてくれないかな、証券用意しているから。俺ちょっとその日、用があってね」

<了>



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