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シン・イリオモテヤマネコ狂騒曲 by 御美子

 イリオモテヤマネコの発見は1965年に動物文学作家の戸川幸夫、公文書への記載は1967年に国立科学博物館動物部長の今泉吉典によるもの、とされている。発見当時は親属新種と考えられていたが、遺伝解析が進んだ現代では、ベンガルヤマネコの亜種という意見が大半なのだそうだ。

 1965年の主なニュースを検索してみると。
いざなぎ景気、マルコムX暗殺、人類初の宇宙遊泳、日韓基本条約調印、谷崎潤一郎死去、万博の大阪開催が正式決定、朝永振一郎がノーベル賞受賞、野村克也が戦後初の打撃三冠王、そして佐藤栄作首相が戦後、日本の首相として初めて沖縄を訪問。
 イリオモテヤマネコ関連のニュースは、社会・文化面に3月16日にイリオモテヤマネコと命名されたとだけあった。国家公務員の大卒初任給が約2万円、ジャルパック・ハワイ9日間の旅が37万8千円。1ドル360円の時代の話だ。1972年に沖縄が日本に返還される7年前の話だから、西表島に行くにはパスポートも必要だったし、海外のジャングルで動物を捕獲するくらいの心構えで臨んだのかもしれない。当時の報道写真を見ると、戸川幸夫は1965年2月に、琉球大学の動物学者高良鉄夫ほか二名を連れて西表島入りした模様だ。


「戸川先生、西表島に新種のヤマネコが本当にいると思われますか?」
「さあ、私も半信半疑なんですよ。大方、飼い猫が野生化したものだと思ってるんですけど」
「高良先生は、1962年にヤマネコの幼獣を捕獲したことがあるんですよね」
「はい。ですから今回の遠征で、戸川先生に更なる証拠を集めていただきたいんです」
「1964年に早稲田大学探検部の高野凱夫が、ヤマネコの生息を国立科学博物館の今泉部長に伝えてることだし」
「生け捕りは無理だとしても、骨ぐらいは見つかるといいですね」

 結局、2月の遠征は関係者への聞き取り調査程度に終わり、同年6月にヤマネコ生け捕りの準備をして再び西表島入りをしたものの、2体分の全身骨格、頭骨2個、毛皮3枚を持ち帰るにとどまった。

 戸川幸夫一行が帰京する前に、地元竹富町の町長や八重山毎日新聞の協力を得て、ヤマネコを生け捕りにしたら100ドル、死体には30ドルという懸賞金を提示したという。費用は、国立科学博物館の修理費を充てることになっていたらしい。

 おやと思ったことが2点ある。
 時系列を整理すると。
1962年に琉球大学動物学者の高良鉄夫がヤマネコの幼獣を捕獲。
1964年に早稲田大学探検部の高野凱夫が、国立科学博物館動物部長の今泉吉典らに伝える。
1965年2月に戸川幸夫らが西表島に遠征、3月にイリオモテヤマネコと命名、6月に再度遠征。

 確証がなかった時点で、イリオモテヤマネコの命名が先行してしまったようにも見える。そして、なぜ発見者が動物文学者の戸川幸夫になるのだろうか。今のようにインターネットが発達してないし、日本に返還される前の沖縄では、アメリカ軍の検閲が厳しかったので、情報が交錯していたのかもしれない。そして、様々な要素が重なったことが、イリオモテヤマネコ狂騒曲の発端になったのではないかと考える。
 地元の人々や猟師たちは、なぜかヤマネコを生け捕りにすると、一頭につき懸賞金が1000~3000ドル貰えると期待していたらしい。

「おい、聞いたか? ヤマネコを捕まえたら懸賞金をたんまり貰えるんだとよ」
「マジかよ。年に1回くらい捕まえてたけど、焼いて汁にして食っちゃってたよ」
「仲間川流域で猟師をしてる黒島が、ヤマネコを二頭も生け捕りにしたそうだぞ」
「そりゃ、すげえな。二頭なら少なくとも2000ドルじゃねえか」
「いや、一頭は逃げられちまって、すぐにもう一頭捕獲したそうだ」
「別の猟師が、もう一頭捕獲したってよ」
「竹富町長が、その二頭のヤマネコを天皇陛下に献上するって言ってるらしいぞ」
「うわっ、随分と話がデカくなってるな」
「西表島の名を広め、産業開発の促進をするためだとさ」
「町長が日本政府の南方連絡事務所や琉球政府と交渉するために那覇に行ったらしいぞ」
「竹富町役場の職員が、琉球政府から飼育許可を得てるからって、国立科学博物館の職員からヤマネコを取り上げて、町役場に持ち帰ったんだってよ」「それって、ちょっとヤバいんじゃねえの?」

 イリオモテヤマネコの生態には未だに謎が多く、SNSが発達した現代でも、常に新たな情報提供を呼び掛けている。戸川幸夫一行が西表島に遠征を行った際、イリオモテヤマネコよりもさらに大きなオオヤマネコを見たという噂があった。
 懸賞金は、生け捕りで200ドル、死体で100ドルだったそう。
 体長から計算した行動範囲から考えて、約290㎡の西表島にオオヤマネコは10頭弱しか生息できないそうなのだが。


<本作品の会話部分は、ネット上で読める記事を基に創作したフィクションです。実在の人物、団体とは一切関係ありません>


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