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真夏のあの世の夢 by 網焼亭田楽

毎度バカバカしいお笑いでございます。

 今年もいよいよ本格的な夏がやってまいりましたが、夏は暑うございますね。毎年毎年、これでもかこれでもかとお天道様は容赦ございません。 そこで、昔から少しでもその暑さを和らげようと、と申しますか、一瞬でもひんやりした気持ちになっていただこうと考えられて来たのが怪談話でございます。

 古くはあれやこれ、あんなのやこんなのなど、色々な怪談があるのでございますが、今宵紹介いたしますのは、『真夏のあの世の夢』という大変有名な怪談でございまして、えっ、ご存じない?正しくは、これから大変有名になる予定の怪談でございまして、いわゆる本邦初公開でございます。
 ひと時でもひんやりした気持ちになっていただければ、大変ありがたく存じます。

「おい、よたろう」
「何でございましょう、だんな様」
「夏は暑くっていけねえな」
「はい。でも、暑いから夏なんです。寒くては冬になってしまいます」
「そりゃそうだ。とは言うものの、涼しいにこしたことはないだろう」
「それはまあ、涼しければあたいの大好物の鍋が美味しくいただけます」
「なんだい、よたろうは鍋が好きなのかい」
「はい、だんな様。あたいは三度の飯より鍋が好きでして」
「三度の飯よりって、鍋だって飯だろう」
「はい。ただ、できれば四度めの飯でいただきとう存じます」
「何言ってんだい。まあ、確かに冬といやあ鍋がつきものだ。でも、夏だって鍋はいけるんだよ」
「夏にですか?」
「そうだよ」
「このクソ暑いのに?」
「暑い時、熱い鍋を食べるのがまたオツってもんじゃないのかい」
「原則運動禁止っていうぐらいこんな暑い日に?」
「そうだよ。鍋は運動じゃないだろう」
「あたいは、どちらかと言えば、夏はかき氷なんぞいただきたいと思いますけど」
「だから、よたろうはいつまで経っても子どもだって言われるんだよ」
「だって暑いじゃないですか」
「暑い時に涼しくなりゃいいんだろう」
「だから、かき氷を食べて」
「違う違う。かき氷ばかり食べてちゃ、お腹壊しちまうだろう」
「お腹壊れるほど食べさせてもらったことはありませんけど」
「そういうことじゃない。そういうことじゃなくて、他にも涼しくなる方法ってものがあるだろう」
「うちわであおぐとか?」
「それもあるな」
「タライで行水するとか」
「いいぞいいぞ」
「庭に打ち水」
「もうひと声」
「やっぱりかき氷」
「ああ、そっちへ行っちまったか」
「どっちへ行けば良かったんですか」
「お話だよ、お話」
「もしもし亀よ亀さんよ」
「そんなんで涼しくなんないだろう」
「あっ、わかった! 怪談話」
「そうだよ、そう。こわ〜い怪談の話を聞けば、背筋がスーッと寒くなるってもんだ」
「うわあ。あたい、三度の飯より怪談が好きでして」
「鍋とどっちが好きなんだい?」
「もちろん鍋!」
「おいおい。今は涼しくなる話をしてるんだよ。話の流れからいっても、ここは怪談と答えて欲しいところだよな」
「えっ、鍋は?」
「今回は怪談で」
「あ〜あ、失われた鍋」
「何言ってんだよ。今日はとっておきの怪談話を聞かせてあげるからさ」
「とっておきの?」
「そうさ。とっておきの怪談話だ」
「とっておきの鍋に変えていただくわけにはまいりませんか」
「ダメだよ。だいたい、夏に鍋は向いていないじゃなかったのかい」
「これだけ、すき焼きだのしゃぶしゃぶだのジンギスカンだの寄せ鍋だの湯豆腐だのと言われては鍋も食べたくなるってものです」
「言ってないよ、誰も」
「そうでした?」
「バカなこと言ってんじゃないよ。じゃ、いくよ。背筋も凍るゾッとするような怪談話。題して『真夏のあの世の夢』」
「ああ、怖い。怖い怖い。怪談話なんてやめてください。あたいは怖くてたまりません。怖いものストレス症候群になってしまいそうです」
「なんだい、そのストレスを何とかかんとかってのは。まあ、怖いものを克服するのも大人になるには必要なことなんだ」
「そうなんですか?」
「ああ、いつまでも怖い怖いと言っていては立派な大人にはなれないよ」
「それなら、怪談話よりも怖いものがあります」
「なんだい、それは?」
「真夏の鍋でございます」

お後がよろしいようで。


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