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ドーヴィルの海にて その後 by Miruba

ドーヴィル (Deauville)の海に来た。
パリのサン・ラザール(Saint Lazare)駅から電車に乗ってトゥルーヴィル - ドーヴィル(Trouville-Deauville) 駅まで約1時間30分。南仏ニースがフランスの新幹線TGVで6時間かかることを思えば、パリから最短で行ける海辺ということになる。日々仕事に追われ、会合に費やされ、バタバタと時間だけが過ぎる。平凡の日々がありがたいことなのだと分かってはいても、キャパ越えの毎日がストレスをうみ、逃げ出したくなるのだ。

遥か昔のモノクロ映画「男と女」で有名なドーヴィルは、カジノや競馬場も備えたフランスを代表する高級リゾート地である。
ノルマンディ風のコロンバージュと呼ばれる木骨構造建築の家々が立ち並び、歩くだけで楽しい街だ。
maison à colombages メゾン ア コロンバージュとは、柱や梁などの木材を外部に露出させてその間を石材、土壁や煉瓦などで埋める構造のことをいうが、木枠の家なので、日本人にとっても、どこか暖みがあり懐かしさを感じる。

メゾン ア コロンバージュ

砂利がゴロゴロのニースと違って、ドービルにはレ・プランシュ(板張りの遊歩道)が作られていて、歩いても楽だ。その代わり海には到底入れない、真夏の水温でも15度と泳ぐには低すぎるのだ。現地の人や外国人は平気で海に入っているので、余程も皮膚が丈夫なんだろうと思う。それでも悔しいので、砂に打ち寄せる波を眺め、恐る恐る海水に足首まで浸かってみる。やっぱり! 頑張って20秒が限界。

レ・プランシュの散歩を終えて、カフェに入ろうと思うが、海岸沿いには高級店はあってもこれといった手ごろなカフェが無い。

ラプラス通りからレピュブリック通りを左におれて、ル・スクエアドービルに行く。テイクアウトもできるカフェレストランがあるのだ。

窓から道行く人を眺めて、パナシェを飲んでいると、目の前を通り過ぎた女性に見覚えがあった。

慌てて店の人に、「すぐに戻るから」と声を掛けてその女性を追いかける。

「Madame! Attandez! madam……ヨーコさん!」

廻りの目があるのでフランス語で声を掛けたが、意外に距離があり気が付かないようなので結局大声で名前を呼んだ。歩いている人が一斉に私を見る。めちゃくちゃ恥ずかしい。洋子さんが振り向いた。このほうが早かったか。

洋子さんとは、もう20年からの知り合いだ。彼女の彼、克彦と私が直接の友人なのだ。

洋子さんも私も同じパリに住んでいるとはいえ、地方での偶然の再会に「縁」なんか感じちゃって大騒ぎしたあと、「1人なの?」と聞く私に「克彦さんのお父様が亡くなられて、やっと手が空いたから旅行でもしようと思ったの……」と言う。

克彦のお父様の葬儀には私も参列した。一代で築き上げたグローバルな貿易会社は、日本とフランスだけではなくいくつか支社もある。晩年日本には時々戻る程度でフランスで暮らしたので、葬儀には大勢の人が参列していた。息子の克彦に会社を継承し、更に孫たちがあちこちの支社の社長となっているので、安心して天に召されたことだろう。

洋子さんは克彦の会社に勤めている。

社内恋愛というのか、洋子さんは、克彦と親しくなり、彼のお父様の介護もここ10年引き受けて献身的に家族を支えていた。だが、克彦には前妻のマリアとの間に3人の子供がいて、おそらく財産のことなどから、二人は再婚をしていなかった。フランスならPACS法があるが、日本ではやはり戸籍がものをいう。難しい所だ。

「お父様が亡くなったら、克彦さんに『家を出てもいいよ。日本に帰ってもいいし、縛って悪かったよね。介護介護で君にとっては失われた時間だったでしょ』とか言われてね。

なんだろう、私って都合よく使われちゃったのかしら。お父様の介護をしていた時間が何だか無駄だったかのような、でもそれじゃお父様に対して失礼のような気がして……」

「え?! 克彦のやつ、そんなこと言ったの? あなたを何だと思っているのかしらね! ったく」

洋子さんの気持ちを思うと、嫌な気分になった。だが学生の頃から知っている克彦が悪気をもって言っているとは思えなかった。それにしても、言い方があるだろうに! 直接文句を言ってやろうと思ったが、男と言うのは変にプライドが高いから、かえってこじれるかもしれない。

別れる頃にはすっきりとした顔をした洋子さんが「私日本に帰ろうと思う」と言った。いやいや、もう一度話し合いしてやってよ、克彦の言い方はいただけなかったけれど、きっと本当に洋子さんをねぎらいたかったのだと思うわ、とかなんとか必死で訴える私。

2日間ドーヴィルの街を散策した私たちは同じ列車に乗ってパリに戻ってきた。

その後、様子を聴こうと思っていたが日々の雑事に追われていたら、なんとハワイから便りが来た。

___  2人だけの結婚式を挙げました! ___   ですって。

心配ご無用だったわ。なんだか私も嬉しい気分になり、今日は2人のためにシャンパンを開けようと思った。


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