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あれからずっとボーのことを考えている(ネタバレあり)

後味の悪い映画と、観た後に何も残らない映画だったら、前者の方が絶対に良い映画だ。私が観たい映画とは、観る前と観た後の自分で何かが変わるような映画だからだ。その意味で、アリ・アリスター監督の「ボーはおそれている」はとてもとても良い映画だった。「後味が悪い」を通り越して「何味だか分からないけど脳髄まで達するレベルでとんでもない味がする。身の危険さえ感じる。」そんな映画だ。

悪夢から醒める、さらなる悪夢が始まる。


この映画のあらすじを語るのは難しい。決して荒唐無稽な話ではなく、時系列に沿って物語は進むし、一つ一つのシークエンスのロジックは綺麗に通っている。だけれどもスクリーン上で進む物語は悪夢そのものだし、一つの悪夢が終われば、さらに救いようのない悪夢が展開されるという具合なのだ。特にラストシーン近くで出てくるアレ。アレはこの規模の興行映画で出てくるような映画表現ではなくて、思わず両手で頭を抱えてしまった。アリ・アリスターの悪意は観客だけでなく、既存の映画のナラティブにも向けられていると感じた。

カメラ反転は地獄行きのサイン


アリ・アリスターの「ミッドサマー」を観た人ならご存知だろう。彼の映画では、カメラが上下反転したら「ここから地獄」のサインだ。「ミッドサマー」では冒頭で出てきたが、「ボーはおそれている」は後半でカメラが反転する。今まで悪夢のスプラッシュマウンテンだったのに、ここから更に地獄かよ!!いや待て逆に今までが異世界で、これからまともになるのでは?と淡い期待を抱いた。そしてスクリーンではその淡い期待が具現化されたかのように、幼い初恋があっさり成就してしまう。めでたし、めでたしとはならず、そこから最低最悪な地獄が始まるのだった。。。


そして船は行く。。


そしてボーは逃げ出す。たった一人でボートに乗って、星の光だけを頼りに真っ暗な海へ。そこは先が見えない暗闇だけど、冷たい夜の爽やかさとまだ見えぬ朝日への希望がある。お、いいねいいね観客に答えを見せずにオープンな感じで終わる映画、嫌いじゃないよ。
しかしアリ・アリスターはそんな優しい人間ではなかった。予定調和をズッタズタに切り刻んで土足で踏み躙るのがこの映画監督なのだった。
ラスト近くのそこはかとない叙情は、一瞬にして哄笑と侮辱に塗れた金網デスマッチもどきの法廷闘争に転ずる。いや闘争ではなく一方的な難癖だ。
(余談だがこのラストシーンはフェリーニの「女の都」のラストに影響を受けていると思う。)
ボートのエンジンは破損し、今にも沈みそう。ボーは一方的に詰られ、反論は悉く無視される。弁護人は何者かによって突き落とされて惨死する。そして船は爆発し、転覆する。しばらくは断末魔のようにボートは蠕動するが、やがて静かになり、波に揺られるままになる。

暗闇の中ボートはただ揺れ続ける。私はボーのことを考え続けている。