9 ニューハーフの夜

京都駅に到着したのは、すでに夕方だった。

新幹線のホームから見た景色は広大で、とても巨大な駅に感じた。
日は暮れてきている、眼下にタクシー乗り場が見えた。

お店の開店前に行かなくてはと、慌ててタクシーをとばす。

繁華街に着いた。観光や写真撮影で何回か来たことはあった。
ガイドブックで場所を確認していたのに、日も落ちていてどこがどこかわからず、時間ばかりがすぎていき、不安は募る。

 大きな通りから小道に入ると、雑居ビルがいくつも立ち並んでいた。

そのひとつに、目的地をやっと見つけてエレベータを昇ってみると、ガイドブックのそのお店は、なんと閉まっている。おくれてのお盆休みだと張り紙がしてある。周囲の店も、盆休みのところが多く、閑散としていた。

なんてタイミングの悪いことだろう、でも、もう大阪に帰って出直す余裕はない。

私の性格や容姿、年齢、経験では、どう考えても水商売は厳しいだろうと、ちょっと足がすくんでいた。怖いとか言ってられなかった。
なんとしてもやらないと自分自身を奮い立たせて、夜が更けていく夜の街をさまよう。

  ニュースでは性同一性障害という言葉を耳にするようになってはきたものの、まだ、男性が女性になる方法は公式にはなかった。そして、そういう者たちが働いて生きていく方法も、表にはなかった時代。
こういうニューハーフのお店にすがるほかは思いつかない。

 白川の流れている通りか、もう一本となりかの辺りを歩いていると、出勤していくホステスさんたちを何人も見かけた。もう開店の時間なのだろう。急がないと。
焦る……でも、どうやって探せば?

 ギラギラしたネオンではなく、暖かそうな灯りを見つける。
花屋さんだった。
そうだ、花屋さんなら、このあたりの店をよく知っていそうだと考え、そこへ飛び込む。
予感はあたった。
「私のような女装の者が働けるお店をご存知ありませんか?」と単刀直入に、そう聞いてみた。
すぐ近くの店を二件、教えていただいた。さすが、花屋さん。感謝!

 教えてもらった一軒目の店は、残念ながら閉まっていた。ここも、お盆休みらしい。
もう一軒のほうへ歩いていく。どうか、開いていてくれと念じる。

 ドアは開いている。「すいません」何度も呼ぶと、やっと中から人があらわれた。セ-ラー服のような感じの服を着た不思議なお兄さん?だった。
綺麗なニューハーフのお姉さまが出てくるものだと思っていた私は、目が点になって立ち尽くした。でも、無愛想なのに、人のよそさうな感じだった。いや、感じじゃなくって、

ほんとによい人だった。私はこの人のおかげで助かったのだから。

 事情を話すと、誰かに電話をした。そして、ママがくるまで、座って待っていてくださいということで、隅のほうのソファーに座って待つ。
ウーロン茶をだしてくれた、飲まず食わずだったので、とてもおいしかった。

スタッフが、ひとりふたりと出勤してくる。
でたあぁ……正真正銘のニューハーフのお姉さん。なんときれいでチャーミングな人だ、しかもすごい巨乳。映画かグラビア雑誌に出てくるアメリカ人かと思った。

こっ、これがニューハーフというのか、驚愕してしまった。
こんな人たちと、いっしょに働く? あまりにも、恐れ多く、逃げて帰りたい気分であった。
次に現れたのは、年配のオネエサン。この人が、ママだろうと思って挨拶したが、ママじゃなかった。

今度は、背が高く髪が長くかっこよすぎのきれいなオネエサンが遅刻したのか大慌てで入ってきた。
遅刻してきたのだろう、この人もママではない。

ママは、いつ現れるのだろう。
そうこうしているうちに、お客さんがやってきた。
私は、隅っこで、じっと固まっていた。

 何時間かたったようだ。
若くってきれいでかわいい小柄な女の子が近寄ってくる。
美女か…美少女…、とても美しい人、その人がママだった。

あれほどの意気込みで来たというのに、すっかり気後れしてしまった私は、「私のような者が働けるお店をご存知でしたら紹介していただけませんか?」とたずねる。

いろいろ知っているけど、どこも厳しいわよといわれた。
そして、ママがうちで面倒をもてあげてもいいよといって頂いたでお願いした。時給や出勤時間を決める。
最初は見習をしながら、いわゆるヘルプ(助手みたいな)をするということ。ショーなんかに出るのは、とりあえずは、まだよいということで、ちょっとほっとする。

無事に、仕事も決まり、ほっとしていると、今日はいったん帰るのかなっておもっていたのに、いきなり、見習で参加することになる。まさか、いきなり、デビュー。

荷物といってもハンドバッグひとつだけど、舞台の裏に置きにいって、鏡の前で化粧直して緊張しながら、ママの後ろをついていく。

 席にいったのは、常連らしい人でママとすごく仲がよい青年だった。
はじめて、水割りを作る。手が震えた。
いろいろと聞かれて、それなりに答えていた。歳を聞かれて、本当の歳を答えたら、ママに注意というかアドバイスされた。歳はすきな年齢をいえばそれでいいらしい、……ということで、実年齢は、ママによって訂正され、なんと二十三歳ということになる。
いいのか? そんなにサバ読んでとかなり不安だったが、ひそかにうれしかった。

そのうちに、ショーがはじまった。
幻想的な光を浴びながら舞うニューハーフの美しい半裸の姿。
客席から眺めていると、だんだんと女性の体になりたいというあこがれも高まる。
しかし、不器用な私に、あんな華麗なダンスができるようになるだろうか。不安も大きくなっていく。

深夜、いや、すでに日付は変わっているだろう。余所のホステスたちが遊びにきた。
そのうちの一人は、ママの友達で、どうやら他のお店の人たちらしい。
美人ばかりで知らなかったら、どの人が女性で誰がニューハーフかわかりにくい。

これが、プロの世界なのかと驚愕させられた。そのお姉さんたちを接客することになった。
いろいろなことを教えてもらって驚きの連続で、きびしいこともアドバイスされた。
しかし、ママの友人たちだったので、すごく好意的だった。
そして、帰り際に、いわゆるチップというものをお祝いとしてくださった。女装していて、お金をもらえる、すごい世界だ。

終わりのない夜は続いた。

ママは、私が、接客は下手そうだけど一生懸命にしゃべろうとしていたということを評価してくれた。見習をかねて、明日から、出勤するようにいわれる。とてもうれしかった。

数ヶ月前までは、まったく別の世界の話だと思っていた。
正直言って、昔から、とても興味はあった。

人気テレビ番組『笑っていいとも』ではMr.レディのコーナーは必死に録画して見ていたくらいである。
つよい憧れは持っていた、しかし、ただのあこがれであり他人事であった。まさか、この私が、そんな仕事をしようとは考えたこともなかった。

 ただ、ずっと昔から、いつかは、女の体になりたいし、女性のような生活をしたいという気持ちは強くもっていたので、そういう情報が手に入るなら、出来るところまで女性の体に近づきたかった。
せめて、男性ではなくなりたいという気持ちは確かにあった。

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