とおくのまち 1

1. 遠くの塾

(ああ……今日は塾の日か……)

僕はうんざりしながらチャイムの響きを聞いていた。

解放感たっぷりの表情を浮かべながら教室を出ていくクラスメイトたちをうらやましく眺めた。

 僕は田舎のふつうの中学校に通っていたけれど、週に二回、進学塾に行く。

 その塾はすごく、すごく、ものすごく遠かった。

電車に乗ってずっと遠く、途中での乗り換えもあった。駅から地下道を通ってけっこうな距離を歩く。

人通りが多く、人々の波をかき分けて大きく長い河を泳いでいくイメージだった。

 地下道の途中で街がある。にぎやかな地下街が広がっていた。

洋服屋さんが多かったけれど、ほかにも雑貨、玩具店、靴屋、喫茶店、ランジェリーショップ、映画館なんかもあった。

 その地下街の奥のほうに小さな本屋を見つけた時はうれしかった。僕は本が好きだった。小説も読んだりしたけれど、勉強の息抜きがしたかったから、漫画のコミックに目が行った。

 その地下街を越えると、また大きな地下の道路があってそこは商店街というか専門店街になっていた。その上には巨大なデパートがそびえていた。

 専門店街の端には靴の修理屋さんがあって、その隣くらいにアイドルのブロマイドショップがあった。小さいラミネートカードを何枚か買ったなぁ。定期入れにそっと入れて眺めていた。

 そして、外に出る出口をくぐると、道路に車が走っていて、それを渡れば、巨大な建物が現れた。

その横にはまたスポーツ店や飲食店街などで構成された商業施設があった。

 ボーリング場やアイススケート場など遊ぶ施設もたくさんある通りを越したあたりに、その塾はあった。


2. 女の子への憧れ

 田舎からわざわざ街の進学塾に通っていたプレッシャーは大きかった。正直、勉強に集中できないくらいにまで影響していた。

 塾のクラスメートに可愛らしい女生徒がいた。講師の人たちにもちやほやされていたし、その子は僕にとってもアイドル的な存在となった。僕もふつうに女の子に恋をしたりしていた。

 自分の身体が男性であることに強い違和感があったとかそういうことはなかったけれど、ヒゲや体毛が濃くなってくるのには多少の嫌悪感は持っていた。

 同級生の女の子をみて、彼女にしたいとかそういった思いよりは、ただ単純に憧れたり、セーラー服やスカートを羨ましく思ったりした。

 性同一性障害や性別違和などという概念も知らなかったそんな時代、女装に興味を持ってしまったのだと思っていた。

 ただ女装というよりは、女の身体に憧れていたという想いは強かった気がする。

 塾の近くにスポーツ用品店があり、アイススケートかダンスのレオタードがマネキンに着せられて飾られていた。いつも通りかかるショーウインドに置いてあって、その前を通る時、なんともいえない胸の熱さを感じていた。

 女の子の制服にも憧れたけれど、長い髪の毛や中学生になって膨らみ始めた胸に興味があった。夏服の下に透けるブラジャーは、女性のアイテムの象徴のように思えていた。

 (ようやく今日の授業も終わった。よしっ、今日こそ、ランジェリーショップへ寄るぞ。)

その日の授業はまったく頭に入らなかった。帰り道に、ブラジャーを買いに行くことしか考えられなくなっていた。

 商店街にあるランジェリーショップに突入する。たぶん顔は真っ赤だっただろう。

 店員さんは若くてきれいなお姉さんで余計に恥ずかしい。

「ブラジャーをください……」

声を振り絞るけれど、蚊の鳴くような不明瞭な声しか出なかった。

「サイズはわかりますか」と聞かれたけれど、「なんでもいいです」としか答えられなかった。

お姉さんが探してくれたのは薄いベージュピンクのフロントホックでサイズはA70だった。

この当時、ブラジャーとといえばフロントホックが流行していた。背中側ではなくて胸の谷間のあたりに樹脂製のホックが付いていてパチッとはめあわせるタイプ。

着脱しやすいけれど、微妙なサイズ調整ができないことや寄せ上げ効果が低いので最近はほとんど見かけなくなったけれど。胸の大きな女性も少なかった時代でAカップやBカップの女性が多かったんじゃないかなあ。

僕が付けるんだったらこれくらいだろうとお姉さんが判断してくれたというよりは、たぶんA70というのは一般的だったのだと思う。実際、家に帰ってそれを身に着けてみたら窮屈すぎて息が詰まるかと思った。

その頃の私の胸囲は75cmくらいはあったので、70cmのブラでしかも初めて付けたものだからその締め付け具合は苦しすぎた。

 それでも、すごい宝物をゲットしたという高揚感に酔いしれていて、時々、こっそりと着けてみた。

ブラジャーは中学生にとっては高級品だったので、もっといろんなものがほしかったけれど手に入れることはできなかった。二枚目のブラを手に入れたのは何年も後の話しになるし、ブラの中身を手に入れてバストを整えて支えるという本来の意味でその下着が実用的となるのは、さらにずっとずっと先のこと。

 その薄桃色の布は、ただ、男子中学生のまっ平らな胸を虚しく拘束しているだけだった。

つづく

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