とおくのまち10 真夜中の木の葉どんぶり

店の営業時間が終了した後、ママたちに誘ってもらい御飯を食べに行く。近くの飯屋さんでこんな真夜中でも開いている店があった、どんぶりを食べた。
家を出てきた簡単ないきさつを話したが、結婚していて妻や子がいることは伏せておいた。
「どうしても、女になりたいし、女の格好で仕事や生活したいと決意したから」と話しました。住むところもないと話したら、寮として借りているマンションの部屋がちょうどこの前に空いたところがあるらしい。明日、鍵を用意し入居させてもらうことになる。

今後のことと、手術のこととか、体をどうするかを聞かれる。

「化粧の仕方は、それくらいできれば教えることはないわねぇ」
「あ、ありがとうございます…」
「髪は、かつらでもべつにいいけど、髭は抜きなさい。レーザーなら簡単だし、ニューハーフ割引もあるから」
「へぇー、そんなのあるのですか?すごい~」
そして、話はどんどんエスカレートし、頭がくらくらし、心臓は飛び出しそうだった。
「うちは、ヌードにもなるから、胸は作る?大きい方がいい?」
「あっ、いいえ。ふつうでいいです……」
びっくりした。私は、ホルモンを打ってもらって、少しずつ膨らませるのかと思っていたのに、いきなり豊胸とは、手術でなにかシリコンとかの詰まった袋をうめこむのだろうか。
さらに……。
「下はどうする?うちの女の子は、みんな取ってる。あると邪魔だし、ショーのときヌードになれないから」
「ええっ……」恐い。またの付け根あたりがキュルルルンと縮み上がるような恐怖だった。
そうか、それがこの世界の常識だったのか、まだ、そこまで、覚悟は出来ていなかった。
 しかし、意気込んでいたことと、やる気をみせないといけないというプレッシャーから、「全部とります!!」と話を合わせてしまった。どうしよう。

ゆっくりと考えていいみたいなので、とりあえず、ほっとする。
とりあえず、明日の夕方までに、大阪へ荷物を取りに帰って、夕方、ママと合流して、布団セットを買って車で、寮となるマンションまで行く予定。

そして、いよいよ初出勤・・・かぁ。
その夜は、希望と不安でいっぱいであった。

 夜明け前。始発の時間まで喫茶店にいました。
最寄りの駅へ歩いていきます。通りかかりの物騒なお兄さんたちから、
「お姉さんたち、遊ぼうよ」と声をかけられます。
恐かったけど、「お姉さん」と呼ばれるのはなかなか心地よいです。もっとも、「ニューハーフのお姉さん」ということの略でしょうけど。

 始発の駅というのが、こんなにも心細いものだとは思いませんでした。ベンチには、どこの国の人かわからない外国人や、酔払っているのか疲れているのかわからないホストと名乗る少年たちにしゃべってこられて不安でした。
やっと、電車が着たとほっとしたのもつかの間で、乗ったメンバーはホームと同じ、緊張状態は、まだ続く・・・。これからは、こういう闇の世界でいきていくのだなぁと思うと、ちょっと淋しくもあり、憧れもあった。

  電車が終点・大きなターミナル駅に到着する。
そこは、いつもの現実の世界だ。
しかし、なぜか既に遠くなってしまっていることに気づく。

ゲイバーで、ホステスの真似事を経験し、ニューハーフという進路についての話を聞き、不良満載の始発電車でここにたどりついた自分。

化粧をして、派手な服を来て、朝っぱらから、自分はなにをしているのだろう。家出してきたことが、なんか、ずいぶん昔のことのような気がした。
たった一夜で、自分は、別の世界の別な自分になってしまっていたのだ。

通勤途中の会社員たちが、大勢行き来する・・・。それは、もう、その時の私にとっては、ただの異次元の風景でしかなかった。
 なにか人間ではない別のなにか…昼間に眠り夜な夜なうごめくような妖怪かなにか……にでもなってしまったような想いがよぎる。
少なくとも、社会的にはふつうの会社員ではないし、まだ体は以前とかわらないけれど、もうすぐふつうの男性ではなくなっていくそんな道を歩き始めたのだ。

 ホテルへたどり着くと、とりあえず、顔を洗ってすこし眠った。

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