とおくのまち 3 女装のポートレート

 今でも大切にしている写真がある。
緑がかった灰色の背景紙のまえで、お洒落な椅子とともに佇んでいるオカッパ頭の少女。

大きなレースいっぱいのブラウス、ふんわりとしたフリルのスカート。緊張した面持ちで目線をこちらに向けていた。

 自分の姿を写真に撮りたかったけれど、カメラはひとつも持っていなかった。
カメラなんていうものは、一家に一台あればよいほうという、そんな時代だった。
よく行く小さな本屋があり、その近くに写真屋があった。

 「女の子の服装で撮影してほしいのですが……」と相談してみた。
ふつうに男の恰好で、スカートやかつらを入れた大きな紙袋を提げて。

 珍しがられた気もするけれど、そこはプロ。ちゃんと対応してもらえた。
インスタントカメラで撮ってもらった。
 それが、はじめてのポートレート撮影ということになるのかなあ。
満足のいく写真にはならなかったけれど、想い出に残る写真の一枚になっていた。
そのあと、新しい洋服を手に入れたので、もう一回、撮りに行った。
二度目の時はけっこう親しんでしゃべってくれたりして、よい雰囲気で撮ってもらうことが出来た。

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