とおくのまち外伝 ~ あの街の後日談
じつは、あの連れ戻し事件には、後日談が二つあります。
ひとつは、仕事が早く終わったある日、父は愛車に乗せて私をあの街へ
飲みに連れて行ってくれた。店の並びのうどん屋さんで軽く夕食をとり、
花屋さんで大きな花束を買って、あの店へ向かいました。
ママと、親切にしてくれていたお姉さんが、父と私のテーブルに来て飲んだり、話したりした。
父は、ボトルキープを入れてあげました。
次にここに飲みに来る予定なんて永遠にないというのに。失踪中に私が世話になったことへのお礼だったのかな。
粋でかっこよかったなぁ。
そんな後日談もあったせいか、わたしの未練はとても安らいだのです。
もうひとつの話は、ずっと何年もあとのことです。
例の連れ戻し事件から八年くらい過ぎていて、もう想い出のなかの
できごとになりかけていた頃でした。
ネットで、あの店の近況が載っていたので気になったわたしは、
親友のひとりに付いて行ってもらって、久しぶりのあの街へ。
近況を見たかっただけなので、数時間しか居なかったけれど、
わたしもまた花束を買って、ママにプレゼントしました。
ほんとに顔を見に行ったくらいで、終電が気になっていたので、
すぐに帰ってしまったけれど、なつかしくお話しできた。
ママにも、父は印象深く記憶に残っていたようで、うれしかったなぁ。
「お父様は元気ですか?」と聞かれたけれど、笑ってうそぶいた。
「元気です……」と。
このとき、この店を訪れたのが、わたしにとっての
ほんとうのけじめだったのだと思う。
どうしても、最後は、男装の自分ではなく、
はじめてそこを訪れた、この「わたし」でなくてはならない。
連れ戻されて帰った失意の男の子ではなく、
自分の意志でここを去っていく、いや、巣立って行く「わたし」
でなくては……。
まりあママに見送られながら店を出ます。
あのエレベータを降りて……。ひとつの旅がようやく終わりました。
彷徨ったままの「れいか」は、「わたし」の中に還っていったのです。