8 失踪 ほんとうの自分を探して

夏の終わりの夕刻、ターミナル駅の地下街を彷徨っていた。

家出したというのか、これから失踪しようとしていたのだ。
東西に一キロ以上は続く地下の商店街、大きな書店の店内をうろうろしていた。
バイト情報誌を買ったのは初めてであった。水商売系の情報誌であった。
ほかには、A6サイズの若い女の子向けメイクのHow Toを解説したハンドブック。
ちなみに、私は若い女の子ではなかった。妻子のある若い男性だった。
仕事は会社員。
平日ではあったが、失踪をはじめた時点ですでにもう会社に戻ることはないであろう。
この時点では、失踪したというより、ただ無断で会社を休んだただのサボりですむ状態だったのかもしれないが。

駅周辺の通路で目に入った広告のホテルにチェックインしていた。
食事や飲み物、そりほかにもとりあえず必要なものを買い足すとホテルへ戻った。
ホテルといっても、高級ホテルからラブホテルといろいろなものがある。ここは、かなり低いランクで質素なところだった。
受付も素っ気なく、失踪中の身としては、そのほうが気が楽かなのかも。

今こそ……、
ほんとうの自分のために、偽りの世界を捨てて旅立とう。

これから書くことは、私のなかで、ただひとつ、自分が生きているということを感じることが出来た日々の記憶である。

季節は夏、ちょうどお盆休みが過ぎ、世間はふたたび動き出した。

家出か、今まで考えたこともなかった。
これから、どうして暮らしていこうか。

住む場所のこと、仕事はどうしようなどと、
つぎつぎと不安がよぎってくる。

会社は、無断で休み続けることになるから、クビになるのだろう。
夏のボーナスをもらったばかりなので当面の資金はなんとかなるが、
すぐになくなるだろう。とにかく、仕事をみつけないといけない。

そうか、失踪したら、もう健康保険も使えなくなるのかぁ。
さしあたり、コンタクトレンズのことが、心配だ。
さっそく、目の検査を済ませ、新しいレンズも買えるだけ購入する。

あとは、住む場所か? 仕事は、どうしよう。
今の会社は、無断で休み続けることになるからクビになるだろう。

持ってる金は、ボーナスをもらったばかりなので多少はあった。
それもすぐになくなるだろう、なにか仕事をみつけないとなぁ。


 ほんとは、引き止めてほしい気持ちもあったのに、
妻の吐いた「出ていくのなら出ていったら」という言葉によって、
逆に拍車がかかった。

「わかった。今までありがとう。じゃあ」そう応えたと思う。

「ばいばい。」玄関をでるとき、子供の頭をなでる。

不安そうに私を見つめていたわが子のあの瞳を、いまだに忘れることはできず、ただ胸を締め付ける。
それを思うと、馬鹿げた空想とはいえ、本気でタイムマシーンに乗ってみたくなる。


 ふと目に入った駅の広告に書かれていたビジネスホテルで泊まった。
大阪と奈良は、知合いが多すぎ、東京は遠すぎる。
ずっと憧れていた街、京都にしよう。
本屋に寄って、京都のガイドブックも買った。

コンビニで買ってきた京都・滋賀方面のバイト情報を見て、
いくつかの店に電話をかけます。

「男性ですが女装して働けるところを探しています……」と。

しかし、その本には女性の店しかのっていなかったのでだめでした。
そして、一件だけ、面接に来るようにいわれましたが、話を聞いてみると、かなり風俗ぽい内容で、これからは女になって生きようと覚悟をしていたものの、まだ男性との性的な経験もないので、恐れをなして断ってしまいました。

結局、バイト情報の本ではなく、観光ガイドブックで見つけたゲイバーに直接、面接に行ってみようと考える。
次の日、新大阪付近のビジネスホテルへ移動した。


何度か近くには行ったことがあったし、新幹線を使えば京都まで15分でいける。
その日はまだ京都へ向かわず、夕方から、近くにある女装系のバーへ行ってみた。倉庫を改造したような怪しい雰囲気の広いバーだった。
素人なのかプロなのか境界線のはっきりとないようなスタッフや客が入り乱れてお酒を飲んだり遊んだりしていた。

自分の知っているエリザベスのような女装ルームといわれるお店とはずいぶん違う。
話しているうちに、仕事を紹介できるといわれたけれど、胡散臭そうなのでことわった。夜更けになって、タクシーでビジネスホテルへ戻って眠る。


 翌日、時間はあったはずなのに、出遅れる。迷いがあったからだろう。
決意を固めた私は、念入りに化粧をし、女の格好で新幹線・こだまに乗りこんだ。
行き先は、京都。

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