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自分の可能性を諦めない/びんぼー実学「貧乏は状態だ」23

このnoteのびんぼーの定義は「お金がない」ではありません。お金がなくても幸せな人がたくさんいることを知ったからです。「お金」と「心」のバランスを崩している状態をびんぼーとして書いていきます。
びんぼーは状態であって未来ではないので、私が学んできたことを書くことでびんぼーを防いだり、役立つことがあればと書いています。

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自分の可能性と家の状況はイコールではない

ちょこちょこ昔を思い返すと、感じることは・・・
自分の意見がない子でしたし、自信もありませんでした。

何か聞かれると、自分の意見は一切言えない。(いうのはこわい。周りに合わせたい)
意見を求められても、誰かの意見に合わせる。(だって衝突が嫌)
自分から望みは、発しない(諦めるの慣れてますから。いうの無駄だ。)

勉強しても、運動してもパッとしないし、興味あることは漫画しかなかった。家の環境に「諦め癖」が付いていた私は、いろんな挑戦ができなかったんです。「これやってみない?」とクラスの委員になるといったことでも選択できませんでした。何かをするということは恐怖でしかなかったのです。

できるか、できないか?が判断基準だったから。

馬鹿にされるぐらいなら、しない方が良いと考えていました

そんな自分を思い出して今思うことはやっておけばよかった!!と熱くなることは殆どないですが、(もう忘れてしまっているので)
これを読んでくださる誰かがいるなら、
あなたの人生で諦め癖ややらなくていいやって思ったことも、本当はやりたいことがあったならチャレンジしてみてほしいと思います。
チャンスに手を挙げること自体は無料でできるので、そんなことを思いました。家の状況とか関係ないの。

チャンスに手を挙げること自体は無料。

唯一、書いていて思い出した!
ある先生から「税務署の職員の試験を受けてみたらどうだ?」と言われたことがあったのですが、公務員試験恐怖症だった私は受けませんでした。

自分ができると思っていなかったんですよね。
落ちるぐらいなら受けなければ落ちるという現実が来ないという逃げ

唯一、逃げずに受けとけばよかった――――!!と思ってます。
今更戻れるわけではないので、これはもう仕方なかったと諦めるしかないのですが、諦める人生より、食らいつく人生の方が色んな可能性があることを感じるのでこのことを書きかき。

チャンスは手を挙げた人にしか来ない。
欲しがらない人にはそもそもそんな話も来ないと思う。

なので欲張りを推奨してみた本日のnote

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来週の登壇ドキドキ。2024年8月9日京都にいらっしゃる方で起業に興味ある方はぜひ遊びに来てくださいねーーー♪

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書いている私は、現在会社とNPOを運営しながら、日々過ごしています。
ひとり親家庭に生まれ、母親がパチンコ狂に入信し、7歳からパチンコ屋や消費者金融に出入りしていました。家も隣がやくざ№2だわ、上は全盲の方で音が出るところを永遠にこづくなど、レアキャラの集まりで、公営住宅という弱い者が集まる中でなお弱い者いじめをされる環境でした。
それでも会計を知って、お金持ちにもいろんな人と話をしてきました。今ならびんぼーは脱出可能な状態だと思っています。

大好きなこと:お金の計算・法律・会計・税金・不動産

2023年に100日書いたnoteは、自分の人生の振り返り。


サポート頂きましたら、本を買って読書感想文を書くかなど、皆さんが楽しんで頂けるnote記事作成に使用させて頂きます。