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禍話リライト「大広間の女」

「肝試しは怖いけど、ちゃんとした明るいライトを持っていけば大丈夫!」
こんな風に思っている人がいたら、考え直した方がいい。そういうお話である。

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その旅館は、円満に終わったという。
金銭上のトラブルなどがなくても、後継ぎがいないと営業を続けるのは難しい。廃業を決めた経営者は適切に手続きを進め、どこかへ隠居した。建物の取り壊しこそしなかったものの、中の機材や設備の処分もきっちり完了させていった。

あとから言われたことだが、その旅館は地域の中で重要な立ち位置だったらしい。そこを発端に、他の旅館やお店の廃業が広がってしまった。
田舎の山の中、次第に寂れていく観光地で、元はその旅館だった建物が一つ、ぽつんと残された。

綺麗な廃墟とでもいうべきその建物は、一応警備の人が定期的に巡回していた。もっとも不法侵入されたところで、落書きや花火程度であればたいした問題ではなかった。


ある日そこで人死にが出た。

その日もいつも通り警備の方が到着して見回りを始めた。このエリアは先週より落書きが増えた、なんてチェックをしたのだろうか。道中何事もなく大広間にたどり着いた。
大広間は2階にあり、旅館の中で一番広いスペースである。かつては団体客向けの宴会場としても使われていた。
普段と同じように、大広間中央のふすまをスッと開くと突然、彼の目の前に女性が亡くなっている光景が広がった。

その女性は広間のど真ん中で、ちょうどふすまの方に向かって、正座で礼をするような姿勢で亡くなっていたそうだ。服毒自殺らしいが、死に顔は安らかだったという。
残されていた遺書は、丁寧な筆跡で、しかしこの世への恨み言に溢れていた。天涯孤独な身の上を嘆いたり、世の中全てへの呪いの言葉だったり、そういった中に、死に場所をここに決めた経緯も書いてあった ⎯ 適当に入ってみただけだそうだ。この土地に縁もゆかりもなかったらしい。
「たまたま選んだ場所だったが、とても気に入った、ここはいいところだ」のような言葉が残されていた。

大広間でその女性の遺体と向かい合う形になった警備員さんは、トラウマでふすまを開けられなくなってしまったと聞く。


話は続く。

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ある時、男性二人組がこの旅館跡地を訪れた。彼らは自転車ツーリングの趣味仲間だった。2人とも、ここで起こったことは何も知らなかった。
田舎の山道を走る道中、日が暮れてきて雨にも打たれ、一晩風雨を凌ぐ場所を求めて飛び込んだのであった。寝袋などの装備は持っていた。

2人は大広間で休むことにした。他に客室はいくらでもあるのに、真っ暗で電気も来ていないのに、なぜあえて2階にある大広間を選んだのかはわからない。その上、わざわざ部屋のど真ん中で寝袋を並べて眠りについた。

2人をAさんBさんとしよう。
夜中、Bさんの方が尿意で目を覚ました。水分をとりすぎないよう気をつけていたんだけどな、なんて考えていて気がつく。
なぜ自分達はわざわざ大広間のど真ん中で寝ているのか。隣で大いびきをかいているAさんが言い出した覚えもない。普通だったらこんな広い空間は選ばない。
ひとまず生理的欲求を済ませようと起き出す。少し探すと、水道は止まっていたがトイレを見つけて一応ひと心地ついた。

大広間に戻ると、Aさんが部屋の隅に移動して眠っているのが見えた。一瞬目を覚ましてやっぱり真ん中は変だと思ったのかな、となんとなく想像をする。そうなると、自分1人だけで広間の真ん中に寝るのもおかしいように思われた。
改めてAさんの横に寝袋を持っていく。しかしどうにも居心地が悪い。いったん気にしだすと、この部屋は広すぎる。なんだか自分達以外に誰かいる気配がする。

変な意味でなく、Aさんにくっつくようにして眠ろうとしたが、さっきまで気にもとめなかった家鳴りの音などが無性に怖くなってきた。なかなか寝付けない。
そのうち、トントントントン、と何かの音がし始めた。気のせいには思えない。誰かが人の体を指で叩いているような音だ。自分が叩かれていないことを確認したあと、Aさんの方を見てみる。

Aさんは、相変わらずいびきをかいて眠っていたのだが、そのひたいを暗闇から伸びた何者かの手が叩いていた。ちょうど月明かりが少しだけ差し込んでいて、誰かの人差し指がAさんのおでこを突いているのが見えてしまった。その気になれば手の主まで見えそうだが、絶対に見たくない。

怖くて動けない。寝袋に入っているため、すぐに逃げ出せる状況でもない。寝たふりをしつつ、自分の方に来たらどうするか考えよう、とBさんが変に冷静にじっとしていると、つつかれるままだったAさんが寝言を喋り始めた。

「はい…はい…そうですね…」
何かの肯定を繰り返している。そのうち新たな言葉が出てくる。
「そうですね、僕、腸が腐ってますね」
チョウ?思わず聞き返しそうになる。
叩く音はまだ続いており、Aさんも喋り続ける。
「そうなんですよ、僕、腸が腐ってるんですよ、腸が腐ってて…はい…」

Bさんはこの状況に耐えられなくなってきた。誰かがいるのはわかっているのだが、立ち上がって叫び出したい衝動に駆られる。もう無理、どうにでもなれ、と勢いこんで目を開けた。

目の前に、知らない女が横向きに寝ていた。
BさんはAさんにほとんど密着していたはずだが、
割り込むように女がいる。その女は嬉しそうに
「この人、腸が腐ってるんだって、大変だねえ」と話しかけてきた。

そこでBさんは失神してしまい、気がつくと朝になっていた。Aさんはすでに起きていた。目を覚ましたBさんを見て、お前寝汗がすごいぞ、どうしたんだ?なんて心配してくる。
それどころじゃない、お前腸が腐ってるんだよ、と急いで建物を出た。

その後すぐにAさんを人間ドックへ行かせたが、どこにも異常は見つからなかった。旅館で何も感じなかったらしいAさんにしてみればいい迷惑、と思っていたようだ。
しかし、半年くらい経ったあとAさんは虫垂炎、いわゆる盲腸になってしまった。簡単には治らず、腹膜炎まで進行してしまったという。命に関わることはなかったものの、たしかに腸が腐った状態になった訳である。

AさんBさん以外にも、同じような体験をした人がちらほらいるらしい。

「その旅館がここなんだけど、今からじゃんけんして負けた奴が大広間まで行って1時間くらい待ってみよう!」


話はさらに続く。

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続きを語ってくれたのが田中さん(仮名)である。現在の田中さんは立派な壮年で、この出来事は少し昔、平成前半の頃の話だそうだ。

田中さん達数名は、会社の先輩に山奥まで連れ出され、廃墟となったその旅館の駐車場でここまでの話をされた。
どうもその先輩は怖い話や肝試しが好きだったらしい。今回も、適当なことを言って会社の若手を5,6人集め、自分でワゴン車を運転し、現地まで連れてきてから本来の目的を明かすという、なかなか手の込んだ振る舞いだった。

先輩本人はご満悦だが、何も知らずに連れてこられた方は嬉しくないだろう。こちらの様子は気にしていないようで、先輩は前の話のAさんBさんの情報を付け加えた。

Bさんは皆と同じ会社の人で、先輩のさらに先輩だという。嘘をつくような人ではない。その出来事があった後、Aさんと連れ立って毎年この場所を訪れ、花や線香をあげているそうだ。
同じような人達が他にもいて、中に入るとあちこちに花などが供えられているらしい。

そう聞いて肝試しに乗り気になるだろうか。先輩は何かずれている。この人こういうところがあるんだよな、と田中さんは内心毒づいていた。
じゃんけんしなくても、全員で行けば良いのではないかと提案してみるが、それじゃ肝を試すことにならない、などわかったようなわからないようなことを言う。
この場の決定権は先輩にある空気になっていた。

田中さんには一つ、個人的に怖いことがあった。じゃんけんが弱いのだ。罰ゲームなどがかかった勝負では即抜けできた試しがなく、最後まで争いに残るのが常だった。

案の定、今回も田中さんは負けてしまった。
1人で行くのはかわいそう、という先輩の謎の仏心で、もう1人同行者が選ばれることになった。
犠牲者は田中さんの同期、これも仮名で林さんという女性に決まった。男女でちょうどいい、吊り橋効果だ、なんて先輩は喜んでいる。周囲の冷たい視線を感じていないのだろうか。
僕らだけで行くんですか?と聞くと、そんなことはさせない、と先輩はまたも謎の展開を言い出してきた。
広間まではみんなで行って、2人をそこに置いて俺たちは旅館を一周してくるから、その間2人で過ごして写真も撮っておいてくれ、と流れを説明し始めた。この人はどこかの番組の構成作家なのか。勝手なルールが多すぎる。

あきらめ半分で、全員旅館に入り大広間へ向かった。見ると本当にお供え物が置いてある。広間の中央や、他にもあちこちの隅に花や線香、お菓子などが供えられている。
それぞれ置かれている場所で恐ろしい体験があったのかと考えてしまい、とても怖くなる。
お菓子を見てみると、コンビニの新商品のスイーツが混ざっている。つい最近もお供えの人が来ていることがわかってしまった。

2人以外が広間を出て見回りに行こうとする。
悪いけど俺らは強いあかりを持っていくから、君らはこの弱いあかりで過ごしなさい、なんて先輩がライトを渡してくる。また独自ルールだ。
写真もちゃんと撮ってくれよ、何か映ったらたいしたもんだ、などと言ってくる先輩に怒りが湧く。大広間で過ごす恐怖が先輩への苛立ちに変換されているかのようだ。

2人で大広間に残されて、田中さんと林さんはぎごちない会話を交わす。同期とはいえあまり会話したことがないし、林さんはもともと口数が多くないようだ。田中さんがとりあえず撮影役を買って出て、大広間や彼女を撮ることにする。

写真を撮りながら、何かホコリでも変な風に写れば盛り上がるかな、などと軽口を叩いてみる。林さんも固さが抜けてきたのか、あの先輩ひどいですよね、と話し始める。続いた「ルール滅茶苦茶ですよね」の言葉があまりにも的を得ていて吹き出してしまう。

林さんの毒舌が加速していく。
「あの先輩は仕事でもこういう、このルールは何?みたいなところがあるんですよ」
クールだと思っていたこの人は結構言うタイプだったんだなと、意外な一面を見ている気がする。

林さんも普段から自分をさらけ出す性格ではないのだろう。この状況だからこそ色々言える雰囲気があった。吊り橋効果とは少し違うが、どんどん話が盛り上がってしまった。こうなると全然怖くない。この場に関係ない恋愛話など、2人は最初思ったよりもずっと楽しく話をして過ごした。

しかしあんまり盛り上がってても良くないな、と田中さんが呟くと、林さんも頷く。
「私達が恐怖で凹んでるのを期待してる、そういうやつですよ」
その言いようにまたおかしくなる。みんなが戻ってきたら、沈んだ演技でもしてみせようという話になった。

先輩達が近くまで戻ってきた。
他のところはインパクトがなかった、やっぱり大広間が一番怖かったな、などと先輩が知ったような口ぶりで話しているのが聞こえてきた。
ずっといたけど全然怖くなかった、と小声で笑いあっているとふすまが開き、さっき先輩が持っていったライトの強烈な光があてられた。

無遠慮に照らし出された2人は眩しさに顔をしかめたが、先輩は気にしていないのか、呑気に感想を聞いてきた。
そりゃ怖かったですよ、などと心にもない返事をする田中さんの横で、林さんは「本当怖くて…」と迫真の演技をみせる。女性ってすごいな、と別の意味で恐怖を感じつつ、照らされ続ける強力なライトが鬱陶しくて仕方がない。
こんなに眩しいと目が痛くなる。先輩へ抗議の意味を込めて、向こうの顔あたりを自分の手元のライトで照らし返す。
しかし、こちらの弱い光で浮かびあがったのは、先輩ではなかった。

向こうの先頭でこちらを照らしているのは、全然知らない女だった。
その女が、最初に先輩が使っていた強力なライトを持っていた。
田中さんが持つライトが女の顔を照らしていた。その弱いあかりに照らされながら、女がにっこり笑って会釈をしてきた。

田中さん、林さん2人とも叫んで女達とは別の出口へ走り、一緒に大広間を飛び出す。
みんなが追いかけてくるが、それが本当に慌てて心配するような様子で、仕込みではないと田中さんは感じた。強いあかりがついてきていることで、さっきの女もいることを理解してしまう。

旅館の外に出るが、これ以上は車に乗らないとどうにもならない。結局駐車場のワゴンの前で追いつかれてしまった。
林さんは腰を抜かしていた。追いついてきた仲間たちは肩で息をしていた。お前ら大丈夫か、なんて心配している彼らの隣で、やはり、さっきの女がひときわ強力なライトを持って立っていた。

その女だけ全く息が上がっておらず、持つライトの強烈な光が、田中さん達2人とワゴンの方を一切ぶれることなく照らしていた。

林さんはとても何かを喋れる様子ではない。自分が言うしかない。田中さんは覚悟を決めた。
「聞きたくないですけど…その今あかりを持っている女の人は誰なんですか?」

その場が凍りついた。今の言葉で、追いかけてきた全員が異常事態に気がついたらしい。
やっぱり仕込みじゃないんだ、と田中さんは絶望した。冗談だよと笑い出してくれたら、どんなに良かっただろう。

数秒間、誰も動かない。本当に恐ろしい時は声が出せないんだな、と実感した。女もこちらを照らしたまま動かない。田中さんはもう一度、勇気を振り絞って、その女は誰なのかを聞いた。
突然女の顔がぎゅうっと横に動き、隣にいた先輩を見た。

「さっきお話したでしょう?2階で…」
女が先輩に向かって話しかけた。彼らが大広間を出て、2階を見回っているときから一緒についてきていたということだろうか。
先輩は声にならない声をあげていた。

「思い出せませんか?…じゃあ…答え合わせ!」
最後はほとんど叫びながら、女がライトを放り投げた。

全員パニック状態で散り散りに逃げ出す。
田中さんはライトをまだ持っていたが、あまり周囲を照らしたくなかったそうだ。何を映してしまうかわからない。ほぼ真っ暗な中、必死でその場を離れた。

逃げ出したのはいいが、車がないと帰れない。
数分後、息をひそめながらワゴンに向かうと、他にも同じ考えの仲間が集まっていた。
例の先輩以外が揃ったところで、申し訳なく思いながら免許を持っている仲間の運転で走り出す。彼らにとって幸いなことに、先輩は車の鍵をつけっぱなしにしていたそうだ(多少時代が古いとはいえ、馬鹿な話である)。

ファミレスで朝が来るのを待ち、旅館に戻って先輩を探した。旅館の中には誰もおらず、一応近くの商店街も探したが先輩は見つからなかった。
それ以上の捜索に限界を感じ、警察に向かって素直に事情を話した。

話を聞いた警官は、理解をしてくれつつ、どこか諦めた様子だった。あんまり長く居ちゃだめらしいよと彼は教えてくれた。また、こういう場合山で見つかった話はない、とも言った。
「あの女、あの旅館のことを気に入っているらしくてね」と淡々と話す口ぶりがとても恐ろしかった。

先輩はその2日後に見つかった。最初に探したはずなのに、旅館のどこかの部屋の押し入れにいたらしい。
なまえがわかるまでかえしてくれなかった、と先輩は言い続けていたそうだ。
先輩はそのことしか言えない状態になり、会社を辞めて親元に戻ったらしい。戻ったあとどうなったかは誰も知らない。


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いまはもう、その旅館だった建物はない。すでに取り壊され、現在そこには地域の文化会館などという名前の建物が立っているそうだ。
もし田舎道を走っていて、唐突に○○文化センター、みたいな建物が出てきて、でも明らかに誰も使っていないだろうな、ということがあったら、そういう名目で放置しておくしかない建物なのかもしれない。

出典

この話は、猟奇ユニットFEAR飯の方々が著作権フリーの禍々しい話を語るツイキャス「禍話」の、以下の回でのお話をリライトしたものです。

ザ・禍話 第十四夜(2020/06/13放送)
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/621954640
0:44:50ごろ〜


こちらのWikiも利用させていただいています。
いつも更新ありがとうございます。
禍話 簡易まとめWiki 
https://wikiwiki.jp/magabanasi/

【追記・補足】(内容とは関係ありません)
このリライトの著作権者は私ですが、FEAR飯の方の好意で自由に書いているものですので、以下を満たしていれば、私への個別連絡は無しで使っていただいてかまわないです。

朗読等でご利用の際は適切な引用となるよう、
・対象の禍話ツイキャスの配信回のタイトル
・そのツイキャスのwebリンク
・このnote記事のwebリンク
以上の3点をテキストでご記載ください。
また商用利用の際は、FEAR飯の方に許可を得て、そのことを明記してください。

※他の方が作成されたリライトについては別途確認してください。
悪質な利用については都度判断します。

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