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インボイス制度を俯瞰する

 インボイス制度開始にともない、インボイス制度の良し悪しを巡る議論が加熱しています。本記事では、インボイス制度のメリット・デメリットを各利害関係者の視点から検証することで、制度を客観的に俯瞰します。

 本記事では、売上高が年1000万円以下の事業者のことを面倒なのでフリーランスと統一して記述します。また、インボイス適応の際の数年間の経過措置を考慮せずに記述しています。本記事はインボイス制度を解説するものでは無いので、本記事を理解するには一定程度の制度への理解を必要とします。まずは信頼できるソースから学習することをおすすめします。

1 フリーランスから見たインボイス制度のメリット・デメリット

 まずは、皆さんが特に言及する、フリーランスから見たインボイス制度について考えます。

 フリーランスから見てインボイス制度は、基本的にはデメリットしかありません。現状の免税事業者は、
①インボイスを発行する登録事業者になり、消費税を納める課税事業者になるか
②免税事業者を継続し、取引相手(課税事業者)に消費税負担を押し付けるか
の2択を選択する必要があります。①の場合、売上高の10%に相当する増税に等しいので、単純に税負担が増えます。これにより事業が立ち行かないというフリーランスは増えるでしょう。②の場合、課税事業者の競合他社との競争において不利になるため、受注減や受注価格の低下を余儀なくされます。

 所得税や法人税は累進課税です。代謝の大きい事業者から多く税金を取ることで、規模の小さい事業者の税金の影響を小さく抑えることができます。しかし、消費税は一律で10%であるため、規模の小さい事業者ほどやりくりが難しくなります。利益を確保できるよう設定した価格に10%の消費税を上乗せする、というのが本来あるべき消費税計算の姿です。しかしフリーランスなど業態の小さい事業者においては、価格競争の中で不採算であることを認めながら価格設定するしかないという事態に陥ることは容易に想像できます。

 このように、フリーランス目線では基本的にデメリットしかありません。上記の事情は、SNS等で良く見られるインボイス制度反対派の意見です。しかし、上記の情報のみをインボイス制度への賛成・反対を判断材料とするのは、不十分であることを強調しておきます。SNS上の議論はフリーランス目線でのメリット・デメリットのみを勘案しているため、ポジション・トークの感が否めません。もともとの課税事業者や政府にどのようなメリット・デメリットがあるかを考えなければ議論として不十分でしょう。以下では、他の利害関係者に与える影響を考えてみます。

2 大企業から見たインボイス制度のメリット・デメリット

 もともと課税事業者である大企業の目線からインボイス制度のメリット・デメリットについて考えてみます。

 課税事業者間の取引においては、価格転嫁がスムーズに行えるメリットがあります。これは国内企業同士の取引が明確化し、透明感が増すというだけの話ではありません。電子インボイスを活用すれば仕入税額控除の計算を自動化できる、ペーパレス化によってコスト削減や、テレワークによる請求書業務によって働き方改革がなされます。さらに海外取引においては電子インボイスによるやり取りを行うことで双方が業務負担軽減の恩恵を受けれます。このように、特に規模の大きい事業者においては中長期的に見て良い効果をもたらす可能性があります。

 デメリットとして、一時的に経理担当者の負担が増加することが挙げられます。また、免税事業者との取引を継続する場合、消費税負担を押し付けられることとなるため、出費が増加します。かといって免税事業者に対して一方的に値上げや取引打ち切りを通告することは独占禁止法に抵触するおそれがあるため、慎重に協議や交渉を行う手間が生じます。

3 政府から見たインボイス制度のメリット・デメリット

 最後に、政府から見たインボイス制度のメリット・デメリットについて考えてみます。

 消費税を導入している国の中でほとんどの国はインボイス制度を導入しており、日本は出遅れていると言う状況にあります。インボイス制度で商取引がデジタル化でき、業務負担軽減が見込まれることから、国内産業のDXを推し進めたい日本政府にとっては、導入は急務であるといえます。こうしたデジタル関連事業の遅れが日本は目立ちます。インボイス制度の導入によって、ようやく他国に並ぶことができるという状況です。他国との商取引に遅れを取らないためにも、今後も継続的迅速な法整備が必要になるでしょう。

 ここで、インボイス制度導入に伴う免税措置解消について考えてみます。消費税がある時点で、事業者はもれなく売上の10%を納めなければなりません。しかし1989年の消費税導入の際に、国民から風当たりを和らげる目的で「事業者免税点制度」を成立させました。売上高が年1000万円以下の事業者への免税はここで生まれた制度なので、政府からすれば、「これまで特別に免税していたものを、本来あるべき姿に戻す」ということになります。インボイス制度導入に伴う免税措置解消は消費税制の正常化であるという立場になります。他国も免税事業者への取り扱いは同じなので、日本だけがフリーランスをいじめているわけではなく、あくまでも国際基準で話が進んでいます。免税措置が廃止された結果、2500億円ほどの税収増加が見込まれています。

4 おわりに

 途中でも書きましたが、SNS等における議論はフリーランス側の事情のみを勘案した不完全なものが多いです。議論の中心になっている免税廃止はインボイス制度にとっては副次的な作用であるため、インボイス制度そのものの良し悪しとは必ずしもイコールではありません。日本が商取引において遅れを取らないために、インボイス制度が必要な制度であることはまず念頭におくべきでしょう。

 インボイス制度反対派は総じて「免税廃止反対」または「消費税反対」の立場を表明していることになります。議論がややこしいポイントです。インボイス導入後でも売上高1000万円以下の事業者への免税措置を講じることは可能なので、インボイス制度反対派が主張すべきなのは「インボイス制度反対」ではなく、「免税制度復活」とするのが現実的な落とし所なのではないかと考えます。

 最後に、消費税が消費者からの「預かり金」か否かという議論(益税論)がありますが、インボイス制度の賛否を語る上では少々ナンセンスであると私は考えているので、本記事では解説しません。

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