人生革命セミナーの闇 9章: メンタルの崩壊とセミナーからの離脱3
セミナーからの離脱
騙された気持ちと人間不信に苛まれながらも、わずかな希望を見出し始めた田中一郎。しかし、セミナーからの完全な離脱は、まだ彼にとって大きな課題だった。
ある朝、田中のスマートフォンが鳴った。画面を見ると、大西小悟からの着信だった。田中は躊躇したが、意を決して電話に出た。
「もしもし、田中です」
「やあ、田中さん!久しぶりですね。実は新しいプログラムを始めるんです。あなたにぴったりだと思って」
田中は深呼吸をした。「大西さん、もうセミナーには参加しません」
「え?どうしてですか?あなたには大きな可能性が...」
「もういいんです」田中の声は冷静だった。「私はもう騙されません」
大西の声のトーンが変わった。「田中さん、そんな言い方はないでしょう。私たちはあなたを助けようとしているんです」
「本当に助けようとしているんですか?」田中は静かに問いかけた。「それとも、自分たちの利益のために...」
電話を切った後、田中は軽い目眩を感じた。これまで尊敬していた人物に、はっきりとノーと言うのは想像以上に難しかった。
その日の午後、田中は南由紀子からもメッセージを受け取った。
「田中さん、大西さんから聞きました。あなたの波動が乱れているのが感じられます。特別なヒーリングセッションをしましょう」
田中は苦笑いを浮かべながら返信した。
「南さん、ありがとうございます。でも、もう結構です。これからは自分の力で前に進みます」
送信ボタンを押した瞬間、田中は胸の中に小さな解放感を覚えた。
しかし、セミナーからの完全な離脱は、そう簡単ではなかった。
翌日、田中が職場に向かう途中、偶然にもセミナー仲間だった佐藤と出くわした。
「おい、田中!久しぶり。次のセミナー、一緒に行こうぜ」
田中は困惑した表情で答えた。「ごめん、佐藤。もう参加しないんだ」
佐藤は驚いた顔をした。「え?なんで?せっかくここまで来たのに、諦めるの?」
「諦めたんじゃない」田中は静かに言った。「新しい道を選んだんだ」
佐藤は首を傾げたが、それ以上は何も言わなかった。
その夜、田中はセミナーのLINEグループを見ていた。相変わらず、成功談や motivational な言葉が飛び交っている。
「今日も最高の1日でした!感謝感謝です♪」
「努力は必ず報われる!諦めないで!」
田中はため息をついた。そして、意を決してグループから退会するボタンを押した。
画面に確認メッセージが表示される。
「本当に退会しますか?」
田中は少し躊躇したが、「はい」をタップした。
その瞬間、田中の中で何かが大きく変わった気がした。
翌日、田中は久しぶりに両親に電話をかけた。
「お母さん、お父さん...色々と心配かけてごめん」
母親の声が優しく響いた。「一郎、大丈夫よ。あなたが無事でよかった」
父親も電話に出た。「息子よ、遠回りしたかもしれんが、大切なことを学んだんじゃないか」
両親との会話を終えた田中は、久しぶりに心から笑顔になれた気がした。
その週末、田中は思い切って健太に連絡を取った。
「健太、久しぶり。時間があったら、飲みに行かないか」
健太の返事は明るかった。「おう、待ってたぜ!今日の夜どうだ?」
居酒屋で再会した二人。健太は田中の顔を見るなり、心配そうに尋ねた。
「大丈夫か?随分痩せたみたいだぞ」
田中は苦笑いしながら答えた。「ああ...色々あってな」
そして田中は、これまでの出来事を全て健太に話した。セミナーのこと、借金のこと、そして今の気持ち。
健太は黙って聞いていたが、最後にこう言った。
「よく話してくれたな。これからどうするつもりだ?」
田中は少し考えてから答えた。「正直、まだ分からない。でも、もう人任せにはしない。自分の人生は、自分で決めていく」
健太は満足げに頷いた。「それでこそ、俺の知ってる一郎だ」
店を出た二人は、夜空を見上げた。
「星がきれいだな」健太が言った。
「ああ」田中も頷いた。「なんか...久しぶりに自由な気分だ」
その夜、家に帰った田中は、久しぶりに安らかな気持ちで眠りについた。
セミナーからの離脱は、終わりではなく新しい始まりだった。長い回復の道のりはまだ続くが、田中は一歩一歩、自分の足で歩み始めていた。
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