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人生革命セミナーの闇 10章: 鬱からの回復と新たな学び1

鬱が治り始める

セミナーから完全に離脱してから数週間が経過した。田中一郎の生活は、少しずつではあるが、確実に変化し始めていた。

ある朝、田中はいつもより早く目覚めた。カーテンを開けると、まぶしい朝日が部屋に差し込んでくる。

「なんだか...気分がいいな」

そう呟いた自分に、田中は少し驚いた。ここ最近、朝起きるのも辛かったのに。

朝食を取りながら、田中は今日の予定を確認する。午前中は病院の定期検診、午後は久しぶりの図書館行きだ。

病院で主治医の佐藤先生と対面した田中は、少し緊張していた。

「田中さん、最近はいかがですか?」

田中は正直に答えた。「実は...少し良くなってきた気がします」

佐藤先生は優しく微笑んだ。「それは良かった。具体的にどんな変化がありましたか?」

「そうですね...」田中は少し考えてから続けた。「朝、自然に目覚められるようになりました。それに、以前ほど憂鬱な気分にならなくなって...」

診察を終えた佐藤先生は、満足げに言った。

「田中さん、確実に回復に向かっていますね。薬の効果もありますが、あなた自身の努力の結果だと思います」

田中は少し照れくさそうに頷いた。

午後、図書館に向かう道すがら、田中は久しぶりに街の景色を楽しんでいた。木々の緑、道行く人々の表情、どれもが新鮮に感じられる。

図書館では、自己啓発の棚の前で立ち止まった。以前なら躊躇なく手に取っていたであろう本たち。しかし今は、少し距離を置いて眺めている。

「あの頃の自分は、何を求めていたんだろう」

そう考えながら、田中は心理学の棚に足を向けた。そこで手に取ったのは、「認知行動療法入門」という本だった。

家に帰る途中、田中のスマートフォンが鳴った。画面を見ると、健太からだった。

「もしもし、健太?」

「よお、一郎!今週末、みんなで集まろうって話になってるんだ。お前も来ないか?」

田中は一瞬躊躇したが、すぐに答えた。「ああ、行くよ。楽しみにしてる」

電話を切った後、田中は少し不安になった。「大丈夫かな...」

しかし、その不安は以前ほど重くなかった。

その夜、田中は久しぶりに日記を書いた。

「今日は良い一日だった。少しずつだけど、前に進めている気がする。セミナーのことは、もう過去のことだ。あれは間違いだったかもしれないけど、大切な経験になった。これからは、自分の足で歩いていこう」

ペンを置いた田中の顔には、小さな笑みが浮かんでいた。

翌日の朝、田中は目覚まし時計が鳴る前に目を覚ました。体が自然と起き上がる。

「よし、今日も頑張ろう」

そう自分に言い聞かせながら、田中は朝のルーティンを始めた。シャワーを浴び、朝食を取り、新聞を読む。当たり前の日常が、今はとてもありがたく感じられる。

出勤準備を整えた田中は、鏡の前に立った。以前よりも顔色が良くなっている。目にも、少し輝きが戻ってきたように見える。

「ゆっくりでいい。一歩ずつ前に進もう」

そう呟きながら、田中は家を出た。

通勤電車の中で、ふと隣に座っている女性が本を読んでいるのが目に入った。タイトルは「自分らしく生きるヒント」。

以前なら、すぐにでもその本を買おうとしたかもしれない。しかし今の田中は、ただ微笑んで目をそらした。

「答えは、本の中にあるんじゃない。自分の中にあるんだ」

オフィスに着くと、同僚の山田が声をかけてきた。

「田中さん、おはようございます。最近元気そうですね」

田中は少し照れながら答えた。「ああ、ありがとう。少しずつだけど、良くなってきてるんだ」

山田は嬉しそうに頷いた。「それは良かった。無理はせずに、ゆっくり頑張ってくださいね」

「ああ、ありがとう」

仕事を始めながら、田中は静かに考えた。

「鬱は、まだ完全には治っていない。でも、確実に良くなっている。これからもアップダウンがあるだろう。でも、もう後戻りはしない」

そう決意を新たにした田中の表情には、久しぶりの自信が浮かんでいた。

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