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母が大好きだと言う、女学校の国語の教科書にあった俳句 〜月天神 貧しき町を通りけり〜
ホームにいると母は運動不足で足腰がどんどん弱っていく。
暑くて、長くは外にいられないので、母との散歩道は近所の植木屋さん。
ハーブ、ゆず、紅葉、いろんな植木がある中を、手押し車を押しながらゆっくり、ゆっくり、休み休み歩く。立ち止まっては「また大きくなったわねえ」、「そろそろ売らないと売れなくなっちゃうわ」、とおせっかいなことも言う。通りに出ると、「まるで植木の迷路だったわね」と笑う。
ホームに戻ると、ヤクルトを飲みながら、ほっと一息つく。
母は時々思わぬことを言い出す。ホームで俳句の勉強会があるという話をスタッフさんから聞いた時のこと。あまり俳句は知らないからって言ったと思ったら、
「月天神 貧しき町を通りけり」と言い出した。
「え、なになに?」って聞くと、女学校の頃の国語の教科書に出てたらしい。
「お月様が空の真ん中を通りながら、貧しい家々を照らすのよ!!よく考えているうちに、だんだん好きになって、一番好きな俳句になったの。これしか覚えてない(笑)。ラッキーだわああ、教科書で知って、覚えたんだから。ママの一生の俳句はこれ(笑)」とこんな時の母はかわいい。誰の句だろうね、ってiphoneで検索したら、与謝野蕪村の有名な句だった。
母はいつも私のiphoneの検索機能にびっくりしている。
「その手帳、なんでも書いてあるのね、いい手帳があるもんねえ。」と。
そしたら、また一句、思い出したようで、
「朝顔に鶴瓶とられて もらひ水」、これは夏の代表的な句と。
こちらもiphoneで検索したら、江戸時代の加賀の千代の句だった。
また母がiPhoneにびっくりし、「その手帳すごいわね。」と。
さすがに手帳ではないことを説明しようと思い、これは手帳じゃなくて、コンピューターなんだよ、世界中のデータを読み込めるんだよ、と画面に出ている文章を見せたら、「よっぽどの暇人がいっぱい書いてるのね」と感心している。
母は、文明の利器にはついて行けないわ、と言いながら、93歳になった今でも、新しいものには興味津々で、面白そうに私の話にも耳を傾け、必ず感想を言ってくれる。
そして今日の朝ドラ「虎に翼」#112も一生懸命見ていた。
番組最後の裁判所でのやり取り、「原爆投下が国際法に違反しているか、敗戦後放棄したアメリカの損害賠償請求を国が負うべきか」の裁判所のシーン。
番組を見ていないと、ちょっと説明が難しいのですが、国際法と憲法のどちらを法的には上位に考えるべきかという原告代理からの反対尋問に対して、
被告代理「戦時中に今の憲法は存在しません」
原告代理「原告は今を生きる被爆者ですが」
裁判官「今の発言は質問ですか?」
原告代理「いえ、以上です」
「つづく」
母は
「つづくだって……質問じゃなかったら、なんなんだろう……….
裁判は大変だわ。ちょっとした一言を言葉尻取られて、それがどうなるか。」
認知症がある中、一生懸命考えている母。私も一緒に一生懸命考えることができた。