2015.10.20 やっぱり渋谷が苦手な話

手術が終わり、顔だけ洗って大急ぎで病院から渋谷へ向かった。本当は手術室の更衣室にあるシャワーを浴びたかったのだが、その時間が無かったのだ。

塩臭い身体のままJR渋谷駅に着くと、プラットホームの上にカップラーメンを食べさせる店がある。私はこの手の立ち食いそば系に目がないのだ。どうしても食べたかったが、これも時間がなくて通り過ぎざるを得なかった。

さて、私にとって生涯で10回目くらいの渋谷。シブいタニ、渋谷。ビターバレー、渋谷。note, cakesでお馴染み林伸二さんには恐縮だが、林さんが渋谷のお話をnoteに書いていらしたので私も着想を得た。いちいち絡んですみません、他意はありませんので…

駅に着くと、目的地に行くためにまず私は道玄坂という坂を登らなければならなかった。何度か名前は聞いたことがある、道玄坂。私は重度の方向音痴であるから、スマートフォンのgoogle mapもまったく役に立たない。そもそも最近はgoogle mapが現在地を誤って教えてくれるから、鵜呑みにはしないことにしているのだ。

細いプラットホームを歩きなんとかハチ公口という改札に着く。変な改札口の名前。縦に書いたら「ハチハムロ」じゃないか。あまりの人の多さに、そして彼らの動きの乱雑さの高さに辟易しながらそんなことを考え、出口用と入口用が直角に位置された不思議な自動改札をなんとか通る。エントロピーは増大する。

駅を出ると、そこは多種多様の人で溢れていた。パリより、ウィーンより、NYよりも多様性があるように見えた(NYは行ったことはなく、島耕作で読んだだけである)。若い人もご老人も中年(私はまだ若い人に含まれる)も、日本人も外国人も。

そんな私でも、ハチ公は知っている。以前待ち合わせ場所として使ったのだが、あまりに人が多くて私はよっぽどハチ公に跨がろうかと思ったくらいだ。さすがにそれは遠慮してハチ公の隣にぴったりくっつき、その台座に手をかけて人待ちをした。おかげでたくさんの外国人観光客の写真に写り込むことになりなんだか得をした気分だった。

「FREE HUG」と段ボールのプラカードに書いてにこにこしているお兄ちゃんの隣には、一見してどう考えたって麻薬のいかさま売人のような怪しいおじさんもいる。尻たぶが見えそうなくらい短いショートパンツを履いて、背中が丸出しの女の子が甘い匂いのたばこをふかしている。一昔前ならカフエの女給だな、そう思いながら人いきれのなかを通り抜ける。

人混みに来るといつも思うことがある。

「もし今通り魔が現れて、私の前を歩く美しい女性が背中を刺されたらどうするか?」

私は駆けつける。通り魔は興奮しているが、所詮は素人。致命傷でもない傷で喜んでいる。刃物を振り回すが、そんな攻撃で人が殺傷できるわけがない。一振りをかわし腹に蹴りを入れる。吹っ飛んだところですぐに首を十字固めしてオトす。中学の時に必修で柔道をやっていてよかった。

そして周りの人々が気付いて取り囲む。男性をみんなで取り押さえたところで、私は女性の元へ走る。女性はショックのあまり声も出ない。

「大丈夫ですか、私は医者だ、心配しないで」

傷を見る。左のCVAあたりに3cmの刺創。出血は少量。ここなら肺は大丈夫か、左腎臓か脾臓だとよくないな、まあいずれにせよアンギオか、オペはしなくて大丈夫。

救急車をすぐに呼び、傷をハンカチで押さえる。圧迫止血に勝る止血方法はない、と言っていた昔の上司を思い出す。

やがて救急車が来る。人混みがかきわけられ、隊員が近づく。一通り情報を伝え、救急車はその女性を乗せて走り去る。

・・・・・・

そんな妄想をしているとすっかり迷子になっていた。「マークシティ」と書かれた建物のエスカレーターに人々が吸い込まれていく。なんとなくついていきたい感情が押し寄せるが、ぐっとこらえる。なんとなくついていく、これで何度道を間違えたことか。なんなんだ一体、マークシティって。しるしの街?

そのエスカレーターの脇の細い道を歩いていく。すぐに突き当たる。似たような扇情的なフォントの「家系ラーメン」だか「油そば」だかの看板が目につく。「油っしゃいませ」の表示ににやりとする。突き当りを右に曲がると、突然坂にでた。これはもしかして、道玄坂?

道行く人に尋ねてみた。「すいません」1回目は無視。「すいません、ここは」これまで言うと、止まってくれた人がいた。「ここは道玄坂ですか?」はい、そうですよ、というと返事もせずすたすたと歩き出す女性。やっぱりナンパと間違えられたか。

やたらと長い坂を歩く。両脇には居酒屋が立ち並ぶ。狭い歩道に、自転車が置いてあったり立ち話をする若い男女がいたりして歩きづらい。おまけにところどころ駐車場があり、突然車がヌッと歩道にでてきたり。

やっと坂を登り切ると、あまり機能していなさそうな交番があった。センター街で喧嘩があったらここのお巡りさんが駆けつけるのだろうか。急に居酒屋がなくなり、雑居ビルが立ち並ぶ。雑居ビルってあんまりイメージのつかない言葉だったけど、これぞ雑居ビルというビルが並ぶ。灰色、「ヒロ第一ビル」みたいな変な名前、錆び付いた銀色のポスト、白いプラスチックの板に1階から8階までの入居会社が書いてあって、ところどころ訂正シールが上に貼ってある。

そんなビルの一つにたどり着いた。目的地、「ピースオブケイク」だ。このnoteをやっている会社。デジタルコンテンツの風雲児。


つづく、かも


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