【朱に交わって】

「ええっ!? まみみんがいなくなったぁ!!!?」

「あ、ああ。正確には帰ってきていない、だが……」
プロデューサーの差し出したチェインの画面にはビビッドな色のアイコンと、その隣に『ちょっと旅に出ますー。探さないでいいですよー』の文字。
今日のまみみんスケジュールでは朝早くから地方でのロケがあり、朝から行ったのでは到底間に合わないため、プロデューサー同伴で昨日から現地入りしていた。曰く収録自体は予定通り昼前には終わったそうだが、飲みニケーションが大っっっ好きな現地のディレクターにつかまってしまい、未成年だからとかなんとか理由をつけてかろうじてまみみんは逃がしたものの、そこから数時間、若輩の東京モンへのマウントを120%濃縮還元したおしゃべりに付き合わされていたらしい。プロデューサーには同情するけど、まみみんをちゃんと帰したのはえらいぞ。帰ってきてないけど。とはいえ――
「心配はいらないかもだよPたん。三峰、心当たりがあるからさ」

小さな白波が砂浜をなでる心地よい音だけが響く海岸線。
「……遅かったですねー?」
砂浜に少し飛び出たコンクリートの低い台に腰かけた少女が、春の潮風に紫の髪をなびかせながら振り返る。まるで三峰が来ることがわかっていたかのような口ぶりだ。まあ実際来たわけですが。悪戯な笑顔まで湛えて、なんて不遜な女なのでしょう。
「いやいやめちゃくちゃ心配したし探したからね!?」
これは半分ほんと。心配はしたけれど、まみみんの行く先はなんとなく見当がついていた。
「でも、見つかっちゃいましたぁ」
「そりゃまあ、ね。多分ここだろうと思ったし」
明日は2人揃ってお休みだし。人けがなくて、逢瀬をするにはもってこいの、私たちの思い出の場所。
私は彼女の隣に腰を下ろし、今までまみみんが見ていたであろう視界を堪能する。いい景色だねえ。日も落ちかけてきて少しまぶしいけれど、それを補って余りある雄大さだ。地元じゃ海は日が昇る方角だったからなんとなく幻想的な気がして面白い。心なしか海も包み込むような優しさを感じるし。
「お仕事、どうだった?」
「んー、それなりですかねー。朝早かったから疲れましたぁ」
「そっかあ、頑張ってえらいぞ。よしよーし」
「ちょっとー」
「……プロデューサーからいなくなったって聞いてびっくりしちゃった。Pたんも心配してたよ?」
「んー、あの人も心配性ですねー。でも、みつみねが止めてくれるって信じてたのでー」
「このぉ~~~~」
一通り絡んで、言葉が凪ぐ。自然と目が合って、二人の距離が近づいた。
「ねえ、まみみん」
「なんですかぁ、ん、」
夕陽に包まれながら、あの日のように唇を重ねる。1つのシルエットになった私たちはきっと様になっていて、私が通行人だったら思わずシャッターを切っていたかもしれない。なんて三峰、自惚れすぎ? ただ少なくとも、そんな写真が残っていないのが残念で、それが嬉しくもあった。
そしてどちらともなく名残惜しげに離した肌の隙間を、少し冷たくなった風が通り抜ける。
「ふふー。夕陽がこれならー、きっとシルエットになっているから安心ですねー?」
こちらの裡を見透かしたような発言に、内心少したじろいだ。……じゃあ三峰がこの後したいこともすっかりお見通しですかね?
「みつみねー、ケダモノの目をしてますよー? こわぁい」
ねえまみみん。その挑発するようにいたずらに笑う顔を組み敷いて歪ませることしか考えてないよ、今の三峰は。

――結果として。バチバチに抱かれたのは私のほうでした。
いやいやおかしくない??? そういう雰囲気だったよね???
「いやー、みつみねには無理でしょー」
ククク、と楽しげに笑う恋人に抗議の声を上げる。
あのあと三峰たちは女同士といえどさすがに愛をはぐくむホテルにお邪魔するわけにもいかず、おしりについた砂を払うのもそこそこに、そそくさと我らが愛の巣、もとい三峰の家へとへ向かったのですが……。
「もー、しばらくはそういうこと禁止!」
「えーそれってー、キスも、ですかぁ?」
「うぇ!? あ、うん、いや! それはどう、しようかな……」
「ふふー、みつみねがしたいならぁ、仕方がないですねー?」
愛しい彼女が、にんまりと悪い笑みを浮かべる。嗚呼、私にだけ許された彼女の甘えた表情に絆されてしまう自分がいる。あ、これが原因か。
「じゃあ今度こそ覚悟してもらうからね!」
「ふふー、楽しみにしてますねー」
こんな日々がもっとずっと続けばいい。貴女を知って、貴女との秘密を増やして。そうやって。

貴女色に染まっていくんだ。

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