286 games, 850 hours, 60TB and 1 camera : DRAWING AND MANUAL documentary series vol.1 Kazuo Tsujimoto episode#1 超密着ドキュメンタリー
前回は、一般的になぜ今の時代に「ドキュメンタリー」という映像手法がフィットしていて、確実に共感を得るのか5つのキーワードを軸に映画作品を取り上げながらお話ししました。
今回はドローイングアンドマニュアル制作のドキュメンタリー作品を紹介するシリーズ 第一弾として、2年間286試合850時間を一台のカメラで追い、60TBをも超える素材から2つの長編ドキュメンタリー映画を完成させたディレクター 辻󠄀本和夫に超密着ドキュメンタリーの現場について訊いてみます。
辻󠄀本 和夫(つじもと かずお) Kazuo Tsujimoto
映像作家/撮影監督
1985年 和歌山県生まれ。アパレル勤務を経て渡米。帰国後、2014年 DRAWING AND MANUALに参加。密着取材を得意とし、あらゆる被写体と関係性を構築し映像に落とし込む。スポーツやファッションを軸に、ドキュメンタリーやインタビュー映像を監督・制作している。主な仕事に横浜DeNAベイスターズ公式ドキュメンタリー映像作品「FOR REAL-遠い、クライマックス。-」「ハマの番長、アメリカへ行く」「これまでも、これからも、I☆HAMASTA / 横浜スタジアム増築・改修工事コンセプトムービー」を手がけている。また、テレビ東京「天才アスリート」のタイトルバック・ロゴデザインやスペースシャワーTV「– CHANGE THE MOOD – STRUGGLE FOR PRIDE」撮影監修も手がけている。
辻󠄀本和夫作品 REEL (パスワードが必要です お問い合わせください)
2018年12月に全国劇場公開されたプロ野球球団「横浜DeNAベイスターズ」の球団公式ドキュメンタリー映像作品。
この作品についてはまずティザーを観てもらいたい。
ひしひしと伝わるドキュメンタリー特有の現場感・空気感。辻󠄀本はシーズン143試合全てに単独で密着し400時間以上カメラを回し続けた。この重く息苦しい空気の中を。
この年の横浜DeNAベイスターズは、19年ぶりの日本シリーズ進出を果たした前年から期待も高まったシーズンだったが、先発投手陣の不調や、主力選手の負傷など波に乗れないまま、クライマックスシリーズ進出さえも逃した。
ゼロからのスタート
この作品が自身の初長編ドキュメンタリー作品となった辻󠄀本。初年度でプロ野球現場撮影の経験もないまま、開幕3日前に撮影が開始されたという。
「2018年はとにかく手探りでした。選手との関係性も何もない中、お互い進めながらアダプトせざるを得ない。しかも2018年は目の前で日本一を逃した2017年の悔しさと『今年こそは』という期待を背負った重要なシーズンでした。でもシーズンのスタートは不調・負傷に見舞われ、とにかく現場の空気がとても重かったのを覚えています」
極限の緊張感の中、とにかく撮影を続けた。この重苦しい空気をどうやって映像に落とし込むか、構成の唐津(*)と策を練り、敢えて選手の苦悩にフォーカスし密着することで普段は見せない、神聖なロッカールームでの選手の顔を顕にした。唐津はその時を振り返りこう語った。
「『この映像でしか見られないもの』を追求すると、どうしても選手たちの素の表情、感情を撮らざるを得ません。ベンチ裏やロッカールームは、選手やチームにとっては『聖域』です。そこを侵されるわけですから、選手たちのストレスもそうですし、撮る側もある意味では普通の神経ではいられない。苦境から始まって、その先にある栄光を描くのがスポーツドキュメンタリーの王道ですが、必ずしも現実がそうなるとは限りません。なので、辻󠄀本はひたすらに重い空気の中で撮り続けなくてはならなくて、それは辛かったんだろうなと思います」
*唐津 宏治 (からつこうじ): ドローイングアンドマニュアル プランナー / 脚本家 横浜DeNAベイスターズのコミュニケーションプランを2017年から担当。本作では映画全体の構成とナレーション原稿、タグラインなどの制作プロデュースを行なった。
ひたむきにまわし続けたカメラ
選手たちに嫌がられるのを覚悟で必死で撮影したが、彼らの苦悩を映像で伝えるにはまだまだ足りなかった。
「失敗したり悩んでるところにカメラを向けられて気持ちいい人間なんていない。でもそこを撮らないといけない。撮ってる僕自身の緊張感もファインダーから伝わるくらい、ピリピリした現場でした。徹夜で編集した中間報告用の映像が、7月終わりに開催されたYOKOHAMA STAR☆NIGHTというイベントで流れる予定だったんですが、当日の試合がまさかの結果。打ち上がる花火をバックに流れる映像は、逆効果となってしまい。心が折れました」
それでも、撮影は続く。とにかく選手に密着し、息を殺し、時には怒られながらくる日もくる日も選手の苦悩を真摯に映像に残し続けた。撮ることを諦めなかった辻󠄀本の姿に、選手も次第に理解を示した。反射的にカメラに嫌悪感を見せ、威圧した選手は翌日辻󠄀本に謝罪をした。怯えながらも、臆せずに飛び込んでいった成果が徐々に現れた。
「個人的には撮りにくいシーンでも、目を背けずしっかり映像に残して伝えていくことが、結果選手たちのためなんだ、と自分を鼓舞していました。シーズン後半はその気持ちも選手に伝わったかもしれないと感じることも増えました。ただ選手との関係性がゼロだからこそ、グイグイ入っていって撮れたエモーショナルなシーンもある。結果論だけど、手探り、かつ制作と選手の距離が遠かったことが、作品自体のコンセプトに適していたのかもしれない」
機材は最小限、基本的にはSony α6500での手持ち撮影。この機材を選んだのにも理由がある。1シーズン中、日本全国各所球場を回り400時間を超える(容量30TB超!)撮影時間のなか、幾度も故障するため物理的に手に入りやすく比較的値段も低い機種に行き着いた。またインタビュー撮影には、メイン機で使ったα6500と同様に、log収録ができ、かつ4K収録、SDカードで設定のプリセット管理ができ、操作も一番慣れ親しんでいたSony FS7を連れて挑んだ。
タグラインの通り、2018年のFOR REALは敢えて重く息苦しい空気感を映像でしっかりと伝え、選手の苦悩を顕にすることで、翌年への希望へと観るものを導いた。
翌2019年は、2年目ということもあり撮影フォーマットもある程度構築された上で臨めた。その分辻󠄀本が力を入れたのは、選手との距離を縮めること。キャプテン筒香選手がメジャーリーグ挑戦を表明し、横浜DeNAベイスターズでのラストイヤーになるかもしれなかったシーズン。筒香選手とそして残される選手たちの心の内を描きたいと思ったからだった。
(続き episode#2 は 7月7日(火)公開予定です)