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嘘っぽく演じたくない「イベント(出来事)」
東京でマイケルチェーホフ演技テクニックを専門で教えております秋江智文といいます。今回も演技の基本を分かり易くお伝えできればと思っております。
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皆さんが人生を振り返ると様々な出来事があったと思います。受験、結婚、別れ、就職、喧嘩、勝利、敗北など様々でしょう。
とりわけ芝居の登場人物は人生のハイライトというべき出来事に直面します。
例えば2021年アカデミー賞男優賞を獲得した「ファーザー」では、父が認知症の発症というメインのイベント(出来事)を中心に、周りの家族だけでなく、本人も混乱し葛藤を描いた作品でした。また同じ2021年アカデミー賞で女優賞や監督賞を獲得した「ノマドランド」では、主演のフランシス・マクドーマンドは会社の倒産、新たな友人との出会い、車のトラブルなどの数々の出来事が起こりました。
どんな芝居にも「イベント(出来事)」があり、それによって役は影響を受けて、作品が展開します。つまり演技において「イベント(出来事)」とは人の思考や行動に影響を与える起こる事柄ことなのです。
大きな出来事と小さな出来事
大小の「イベント(出来事)」はまるで鎖のように次々とおきます。W.シェイクスピア著「夏の夜の夢」では、
父の命令でヘレナはデミートリアスと婚礼か尼になるのかが突きつけられ
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それに抗うようにヘレナは恋人であるライサンダーと森に逃げ
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そしてヘレナ後を彼女に恋するデミートリアスが追い
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そのデミートリアスの後を彼の元恋人であるハーミアが追いかけ
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その有様をみて妖精の王が同情し惚れ薬を妖精のパックに仕込ませるが
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失敗して愛する者同士を取り違える…とどんどんと続きます。時には小さな出来事が、大きな出来事の引き金になり連鎖反応のように芝居が展開するのです。
俳優は自分のセリフや出番だけ注目しがちです。しかし観客は役者だけでなく、芝居のストーリーを楽しみに来ているのです。こうして芝居中の出来事の連続性を理解することで、芝居の全体を掴み、自分の演技の在り方を理解できます。
頭の中でも起こる出来事
私たちに影響を与える出来事は、必ずしも目の前で起こるものだけではありません。
例えば、自分の息子や娘が大事な試験を受けているとしたらどうでしょうか?仕事中に両親ががんの手術を受けているとしたら?
二つとも目の前で起きてはおらず、頭の中で起きていることですが、そわそわしたり、うれしくなったり、悲しくなったりします。動きもゆっくりになったり、止まったり、はかどったり様々です。私たちの感情や動きに影響を与えることは頭の中だけでも起こるのです。
予期しない出来事
イベント(出来事)には、「予期しているもの」と「予期しないもの」とがあります。宅急便が時間指定の配達だったら、インターホンがなっても驚かないでしょう。しかし突然の訪問者が、警察だったら私たちの反応は大きく変わるはずです。演技をする上でトリッキーなのが後者の「予期しない出来事」になります。
俳優は台本ですでに知ってしまっている予期しない出来事を、本当に知らなかったことのように演じないといけないわけです。
嘘っぽく反応
このイベント(出来事)を演じる上での問題は、嘘っぽく反応してしまうことです。たとえば大切な人から突然のプレゼントをもらう場面で、リアルな反応はできるのでしょうか?多くの場合で表情だけで驚きを表現しようとしまい、嘘くさくなってしまいます。けれど近代演技術の父であるK.スタニスラフスキーは、表情は内面の感情や考えなどの表れであると、言いました。
何か出来事があった際に、どうしても反応そのものを作ってしまいます。わざとらしく驚いた表情を作ったり、うれしそうな声を上げたりしてしまうのです。けれど反応は思わず現れるものです。私たち俳優は、日常的でするように、舞台上やカメラの前でも出来事に反応しなくてはいけません。
リアルに反応する
嘘っぽく演技をしてしまう人は、頭でどうやったらそれっぽく見えるかを考えて、感じることをおろそかにします。
リアルな反応をするためには、五感を意識的に使えるようにならなければなりません。五感は外界と心をつなげる基本的なものです。五感を通して内面が変化し、それによって表情や仕草が変わるのです。
エクササイズ
■訪問者
・所要時間:15分程度
・目的 :予期した出来事と予期していない出来事に対してリアルな反応を行ってみましょう。
①ペアで行います。AとBに分かれます。
➁Aが家にいて家主です。Bが訪問者になり、下記の役になってみましょう。この場合はAはBの訪問を予期しています。
・ピザの配達人
・祖母
・坊さん(通夜でお経をあげにきた)
・ベビーシッター
③Aの人がどれだけリアルだったのか、どんなふうに見えたのか感想を言い合いましょう。役割も交代して行います。
④次はAはBの訪問を予期していません。Bは即興で下記の役を演じてみましょう。
・宗教の勧誘
・警察
・電気メーターのチェック
・ゴリラ(動物になってリアクションを楽しみましょう)
⑤反応がどれだけリアルだったのか、どんなふうに見えたのか感想を言い合いましょう。役割も交代して行います。
そしてどんな要素がリアルに見せるために役立つのかも話し合いましょう。
注意:決してレクリエーションゲームではなく、演技力向上のためのエクササイズです。噓っぽいからダメというわけではありません。どうすれば向上するのか、やる方も見る方も真剣に話し合い、取り組みましょう。
■演技講師の方へ
もしこのエクササイズをやる際、念頭に置いておいてもらいたいのは、これは受講生が考え気づくためのもので、講師が演出を加えたり、ダメ出しをしたりするものではありません。