連載小説『モンパイ』 #4(全10話)
駅を出て右手の道を行く。
高校までは歩いて十五分。
駅の周辺は交通量が少なく、沿道には木や花が植えられているので、今日みたいに晴れている日に歩くのはとても心地好い。
眠い。
それでいて爽やかな朝。
あのイヤホン少年の姿は見受けられない。
すでに走って行ってしまったのだろうか。
朝練に遅刻しそうだったのだろうか。
だとしたら、もっと時間に余裕を持たないとダメじゃないか。
五分ほど道なりに進んで、突き当たりを左に曲がる。
この辺りは住宅街なのでとても静かだが、家々の中は朝の準備でてんてこ舞いなのだろう。
まだ寝ている人もいるかもしれない。
さらに五分ほど歩くと大通りに出る。
この通りに沿って右へ進み、しばらくすると左手に校門が現れる。
目の前の横断歩道の信号は赤だ。
ここで青になるのを待つか、先に右へ曲がるか、どちらの方が早いか。
一、二秒のうちに頭をフル回転させ、右へ曲がる選択をしたところで、信号が青に変わった。
がっくり。
しかしここで引き返すことはプライドが許さない。
いや、どんなプライドだよ。
大通りは、車の往来がそれなりに多い。
出社中と思しきサラリーマンが運転する普通車、食品会社のトラックなど、こんなに朝早くから自動車という巨体を操って行動する人達がたしかにいるのだと、世界の広さをほんの少しだけ垣間見たような気になる。
次の横断歩道の信号がちょうど青になったので、迷わず渡る。
これでおあいこだ。
やがて、白い大きな建物が見えてくる。
HIRAI GAKUENの校舎だ。
ここはなかなかのマンモス校なようで、どっしりとした立派な校舎を構えている。
まさにマンモスというにふさわしい。
いや、別にマンモスを謳っているわけでもないか。
第一、マンモスは白くなかったはずだ。
校舎を左手に沿って歩くと、道の脇に窪みが現れる。
そこが校門だ。
モンパイとの決戦の地。
いずれ記念碑でも建てたい。
本来は窪みの部分も学校の敷地なので、部外者が立ち入ってはいけないのだが、守衛さんのご厚意により、門の中にさえ入らなければここでモンパイをして良いことになっている。
というのも、狭くて人通りの多い歩道でビラ配布をすると却って危険だからだ。
学校によっては、配布行為自体を禁止するところもあるので、その点ではHIRAI GAKUENは良心的だ。
門の前にいた守衛さんが「いつもご苦労さまです」と声をかけてくださる。
「おはようございます。今日もよろしくお願いします」と、軽くお辞儀をしながら返す。
こういう小さなやりとりが日常の中にもっと増えれば良いと思う。
道ですれ違う人。
電車で同じ車両に乗っている人。
大学で同じ授業を受けている人。
僕達は一日のうちで一体どのくらいの人間と出合い、そしてすれ違っているのだろう。
日々、途方もない数の人間と出合っているはずなのに、寂しさや孤独感を抱えて生きる人がこんなにも多いのは何故なのだろう。