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連載小説『モンパイ』 #6(全10話)
配布開始後十五分あたりから、生徒の数が徐々に増してくる。
だがピークはまだ先だ。
今くらいの時間帯が一番辛い。
なぜなら、最も貰われにくい時間帯だからだ。
どうやら高校生は、こうした塾のビラを受け取る際に互いの目を気にするらしい。
配布開始後すぐは人通りが少ないので、他の生徒に見られることなく受け取ることができるし、逆にピーク時になると友達同士で面白がって受け取る生徒が増える。
今がちょうどそのはざまの、中途半端な時間帯なのだ。
道端で配られる付箋やらティッシュやらをもらう行為に、恥ずかしさや後ろめたさ、貧乏くささを感じているのか。
はたまた学校内で「あいつ今朝嬉しそうに付箋をもらってたよ」などと陰口を叩かれるのか。
そんな奴がいたら「お前だってこないだKALDIのコーヒーをどさくさに紛れて二杯も飲んでたじゃないか」とでも言い返せばいいのに。
高校生の社会というのもなかなかに世知辛いようだ。
大半の生徒は、黙って俯きながらすっと通り過ぎる。
中には手で制してくるタイプもいる。
どうせ受け取らないのなら、そうした意思表示をしてくれる方が無駄な労力を割かなくて済むので、こちらとしてもありがたい。
あくびを必死にこらえながら、せっせとビラを渡そうと試みる。
試みて、砕ける。
その繰り返し。
次第に、自分がロボットになってしまったかのような錯覚に陥ってくる。
渡す。
渡す。
渡す。
そして、生徒と間違えて、通勤中の教員に渡そうとしてしまう。
しまった、と思ったが、先生は真顔で「おはようございます」と言いながら校門の中へと吸い込まれていった。
制服を着ていないのだから容易に判別できたはずなのに、動作が機械的になってしまったために、エラーを起こしたのだ。
これではまずい、脳味噌を起こさなければ、と思い、とりあえず脳内のアレクサに音楽をかけてもらう。
最近好きになったインディーズバンドの曲だ。
歌詞は別に好きじゃないが、ヴォーカルの声がとにかく良い。
ややハイトーンでエロい。
そういえばXでライブの告知がされていた。
チケットを取ろうかどうか迷う。
八時頃から、生徒の数は急激に増え始める。
この三十分で配布できた資材は二十部程度。
ノルマはないものの、配布しきれないことへの不安が頭をよぎる。
タイムリミットまで三十分。
いつもなら八時十分過ぎには配り終えてしまうのだが、今日は長期戦になりそうだ。