M1グランプリ2023 トップバッターの呪縛を解き放った王者令和ロマン

時はクリスマスイブ。史上最多となる総勢8000組を超えた熾烈な争いは、若き新生、令和ロマンのトップバッター史上最高得点かつトップバッターとして史上2回目の優勝という劇的な形で幕を閉じた。
去年は一番のウケを得ながら敗者復活戦2位、そして念願の出場を果たした今年、笑神籤でトップバッターを引いた。不運の重なる令和ロマンはまさしく「断崖絶壁切り立った崖のその切っ先」に立っていたであろう。そこから「鋼の心臓」で「生意気」に突き進み、全てを「ひっくり返し」た彼らに、最後笑いの神様は微笑んだ。
筆者としても今年のM1グランプリ2023の優勝は令和ロマンが相応しいと感じた。これほどまでに綺麗な美しいストーリーは中々見ることはない。今年の終わりに良いものを見ることが出来て感激している。

以下、一組ずつ講評を交えながら、僭越にも点数も付けさせて頂いた。また大会全体の感想も所々交えたので、是非ともご一読頂きたい。

【ファーストステージ】
①令和ロマン 86点(92,91,94,93,94,94,90,648③)
トップバッターを引いた去年の敗者復活戦2位のコンビ。ネタとしては学校に向かう男女がぶつかり、そこから~というよくある漫画のシーンを使ったもの。掴みは良くて、良い雰囲気とカリスマ性を備えていた。ネタの内容としては序盤はそこそこだったが、後半にかけて盛り上がりの山が描かれなかった。また、後半ボケとツッコミが騒ぎ合うシーンもあったが、そこは聞いててくどかったため、笑いのポイントにならなかった。日体大の下りも複数回見られたが、少し鬱陶しさを感じるものであった。掴みと前半の流れや途中の細かいジャブは良かったが、後半の伸びに欠けたため、この点数とした。

②シシガシラ 84点(87,88,91,90,92,91,88,627⑨)
新制度となった敗者復活から勝ち上がったコンビ。敗者復活戦では非常に面白く、台風の目として優勝もあるのではないかと筆者は大いに期待した。しかし、披露したネタは敗者復活戦のネタと比較して大きく劣るものとなった。いわゆる言葉遊びの範疇に留まってしまった。展開としても禿だけはなぜか咎められないというパターンに終始し、そのパターンもそこまで嵌ってこなかったと言える。掴みと一発目の「禿はいいの~」という所は面白かった。そこから停滞が続いた形だったため、令和ロマンの2点下とした。

③さや香 91点(98,94,95,93,96,94,89,659①)
ネタの構成とリズム、テンポ、掛け合い全てが上手く嚙み合っていた。ブラジルの留学生を受け入れるか否かというネタ。二人の掛け合いがとても聞きやすく面白かった。また、ホームステイを受け入れないと言い張るボケのサイコパスさとまともな視点から突っ込む相方。こちら側の共感性が高く非常に良いネタだと思った。最後はツッコミの方がボケ側に寝返るという展開になり、全体的に美しい笑いの曲線と盛り上がりを描いた。ただ、もっと爆発してもいいかなとは思った。しかし、評価は高いので令和ロマンの5点上とさせてもらった。

④カベポスター 89点(94,89,88,89,95,92,88,635⑥)
校長と音楽室の先生が不倫しているというネタ。とても惜しいネタだったというのが率直な所感である。構造としては3段構成。1段階目は車で校長と音楽室の先生が不倫をしていた。2段階目は神社の絵馬に不倫の証拠。3段階目は音楽室のメロディーと校長の車のブレーキランプの呼応。1,2段階目は良かった。しっかりと階段を上っていた。しかしそれだけに問題が3段階目である。ここが筆者には伝わらなかった。何が面白要素であったのかいまいち分からなかったのだ。そして、最後の最後に噛んだ。ここが惜しかった。好きな流れと構成で、非常に聞きやすかったが、ホップステップジャンプのジャンプに躓いたため、この点数とした。

⑤マユリカ 87点(92,90,96,92,92,92,91,645④)
ギスギスした夫婦の日常を描いたコント漫才。笑いのポイントとしてはキモ友3人の話と最後の不倫への夫のちょけた所。ここぐらいだったかなという形。全体をフローチャートとして観た時に、ぱっと見綺麗に階段を昇って行っているかのように見えはしたかもしれないが、実は盛り上がりに欠ける構成であった。最後の不倫した夫に詰め寄る妻の詰め方も少しくどい形であり何か騒がしさを感じた。所々で面白いポイントはあったし、聞き取りやすいところも良かったが、全体的にもう一つと思った。そのため、カベポスターと令和ロマンの間と思ってこの点数とした。

⑥ヤーレンズ 83点(93,91,97,93,96,93,93,656②)
初見であったが、インディアンスを髣髴とさせるコンビだと感じた。細かいボケをひたすら繰り返していくというもの。ただそのボケが筆者には尽く嵌らなかった。途中面白いと感じたのは競艇からのダイナマイトボートレースからの乗ってけ乗ってけ~という部分と、中島みゆきのファイの部分。しかし大体のボケが自分の中で消化不良に終わってしまった。勿論、クスリと笑えるものもいくつかあったにはあった。ただ、筆者からすると精度の低い小ボケが乱立されていたように思えた。点数としても低めにさせていただいた。そしてもう一つ。ネタ時間が筆者の計測によると4分27秒であった。これは少し長く、確かに最後のゴミ捨て場の下りはそこまで面白くもなく間延びしていたと思った。ここも減点対象とした。

⑦真空ジェシカ 90点(90,95,93,91,91,91,92,643⑤)
今年は凄く良かったと思った。3年連続のファイナリストとなる訳だが、去年は筆者からすると物足りないと感じた。ただ、今年は自分の知的好奇心に上手く刺さる良いネタだったと思う。この真空ジェシカを評価するにあたっては松本人志のコメントが全てだと感じた。それは、「笑いというのは遠近感である。今年のネタは遠すぎることもなく、かといって近すぎることもなくちょうど良く感じた。」というもの。去年一昨年と真空ジェシカをさほど評価していなった松本人志が、今年はこの7組目時点で2位となる点数を出したことにも現れている。筆者もこの松本人志とまさしく同じ感想を抱いたのだ。彼らは賢いが故に高度すぎるボケをして観客を置いていく節がある。しかし今年はその塩梅が丁度良かったのだ。彼らの知的で高度なセンスあるネタを笑える自分でありたいというちょっとしたプライドを上手く掻き立ててくる。だから好きなのだ。ただ私の知識不足と教養不足が相まって、所々消化し切れないボケがあり、そこが筆者からすると歯痒かったため、さや香の1点下とさせてもらった。これは何度も見れば見るほどその面白さを実感出来る、噛めば噛むほど味のするガムというような感じだ。しかしだからこそ、初見では消化不良になる人もいるのは理解出来る。まとめると、個人的に今大会で一番好きになったコンビだったが、全てを味わい切れなかった自分自身が悔しかった。

⑧ダンビラムーチョ 92点(93,89,92,91,90,89,87,631⑧)
セルフカラオケのネタ。個人的にはずっと笑っていられたので高評価とした形になる。構成や展開は確かに淡白である。ただ、歌ネタとしてそのリズム感が聞いていて心地良かった。芸能というものの根幹にはこのリズム感があるのではないかなという気はしている。そして、ひたすらカラオケの音源を口で刻み続けるということが却って筆者には馬鹿馬鹿しく面白いとさえ思えたのだ。これを単純すぎる、くどすぎると捉えることも勿論出来ると思う。しかしこれが筆者には刺さった。漫才としてどうかと言われたら色々な意見はあると思うが、やはり聞いていて気持ちが良いというのは抗えない感覚になる。面白さ単体で見た時にここまでで一番だと感じたため、さや香の1点上としたまでだ。

⑨くらげ 82点(89,87,89,90,89,90,86,620⑩)
松本人志が言ったようにミルクボーイの下位互換。笑うポイントが一つも無かったというのが正直な所感。ただ、このシステム設計自体はもう少し活かしようがあったという気がしてならない。確かにアイス、サンリオ、口紅は詳しい人からすると聞いていて面白いであろう。問題は最後の数字である。なぜ最後の段階に数字のパターンを用意したのか。それではなかなか面白さを掻き立てることは難しいであろう。準決勝でどのネタをやったのか分からないけれども、もしこのネタで決勝に勝ち上がったのだとしたら、それは準決勝の審査にエラーがあった可能性があると言わざるを得ないであろう。点数としてはヤーレンズの1点下としておけばいいと思った。8000組以上を勝ち抜いたコンビの一組として相応しかったのか、審査を含めて見直す必要があるのではないかと感じる。

⑩モグライダー 88点(87,89,90,91,93,91,91,632⑦)
とても期待していただけに今一つということで残念だった。さそり座の女の進化版のような形のネタ。初めに芝がリードして手本を見せてその後ともしげがリードする展開にシフトしたが、そこからが伸びなかった。途中どうしてもごちゃついて芝も異常に早口になり、こちらとしても聞き取るのに精一杯になっていた。ただ、ともしげの人間性が垣間見えるというかそれを活かしたネタでこちらが少し緊張したところは、ネタに入り込めたという観点で良かった。点数としては難しいところだが、カベポスターとマユリカの間と判断した。やはり振り返ると全体的に慌ただしすぎるネタであったように思えた。ともしげの人間性が何よりの武器であり、それを味わうためにはもう少しネタの中に間という余裕が必要だったのではないかという感じがした。

【ファーストステージ まとめ】
ダンビラムーチョ 92点
さや香 91点
真空ジェシカ 90点
カベポスター 89点
モグライダー 88点
マユリカ 87点
令和ロマン 86点
シシガシラ 84点
ヤーレンズ 83点
くらげ 82点

【ファイナルステージ】
①令和ロマン 90点
おかしなブラック製菓工場のドラマのネタ。細かいボケと大きなボケが上手く詰め込まれていて、良いネタだと感じた。ボケ側の適度な動きも良い。わちゃわちゃ動いた後の単純作業が~という下りやブラック企業じゃんという下り、クッキー工場が車を作るというおかしな経営方針や社長のおかしさ、そこからのトヨタと吉本の登場。色んな要素が組み込まれた面白さが刺さった。全体的に見た時にもう少し笑いの幅が欲しかったというか最大値が低かったと感じたため、90点という点数にさせてもらった。

②ヤーレンズ 83点
ラーメン屋のネタ。1本目と変わらなかったという印象を受けた。小ボケの連発という形で少しくどいとすら感じてしまった。もう少し間というものが欲しいかなという印象。一つ一つの小ボケはやはりそこまで精度は高くない。券売機のネタやネギの下り、レジの下りなど全て大きな笑いに繋がらなかった。こういう言い方はどうなのかとは思うが、真空ジェシカの下位互換というかセンスの無いバージョンという感じがしてならない。点数としても本コンビの一本目と同じ点数かなという形になった。

③さや香 82点
見せ算のネタ。攻め過ぎたという印象。なかなか厳しかった。最初の説明が長く、その後もずっと新山が見せ算の説明をし続けたという形。そして個人的に気になったのは二人の掛け合いが無かったことである。ツッコミの側は途中からスーツを持たされ騒ぐだけ。新山に隠れる時間もあり、二人でやる意味が果たしてあるのかという感想を抱いた。新山がよほどやりたかったのかもしれないが、ピンネタでやればいいじゃんという感じ。ただその挑戦心は芸人として評価に値するという見方も出来よう。普通にさや香のいつも通りのネタをやれば優勝できたであろう。その優勝を、1000万を捨ててまでこの振り切ったネタをやったというのは芸人魂を垣間見た気がしてならない。これは後のM1グランプリ忘年会での千鳥との会話で明らかになったことだが、新山がこのネタをやりたくて仕方がなかったらしい。本人達が満足してやり切ったのならばそこに筆者が文句を付けることは無い。ここで無難なネタをやり優勝することよりも、自分達が心から好きだと思えるネタを全国に向けてこの大舞台で披露出来たことの方が大事で重要で素敵で格好良いじゃないか。

【ファイナルステージ 最終投票】
個人的には圧倒的令和ロマン。最終的に票は割れたものの、令和ロマンの優勝で幕を閉じた。筆者としても満足であった。優勝の要因をどこに見出すかとなると、まずは松本人志が言うように、2本目により強いネタを用意していた、隠し持っていたということであろう。筆者としても1本目は86点であったが2本目は90点と4点分上増しされた。これが何よりもの決め手となろう。それ以外にも要因はある。ヤーレンズの停滞とさや香の大失速。さらに真空ジェシカとモグライダーの転け。1本目でギリギリ通過を果たした彼らが2本目で我々をあっと驚かせる上質で面白いネタを持ってきた。本人達からしてもこの優勝は棚からぼた餅であったであろう。ただ筆者は令和ロマンを心から称えたい。その度胸を。戦略的思考を。そして何よりもその面白さを。


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