ネザーの真実
彼の地には花が咲き乱れ、流れる水が大地を潤していた。
そこは『楽園』と呼ばれていた。
それは、気が遠くなるほどの昔。
まだ『楽園』と地上の世界との境界が曖昧であった時代。
地上と『楽園』、二つの世界に住む人々は、それぞれの世界で豊かに繁栄していた。
地上に住む者は数多くの動植物と共に。
『楽園』に住まう者達は、その地にしかない貴重な物質と共に。
やがて人々は、お互いの世界の存在に気づく。
異なる世界を発見した人々は喜び、その境界を越えて交流するようになった。
彼らは自分達にとって価値のある物を交換し、それによってますます繁栄していった。
『楽園』に住む者達は地上の者を歓迎した。
地上の者は友好の証として、穏やかな一つの動物を贈った。
彼らは幸福であった。
しかし、永遠の幸福など存在しないのだった。
ある時から、地上の者達の中に邪な考えを持つ者が増えた。
邪な者達は、豊かな『楽園』の富を激しく妬んだ。
「『楽園』に攻め込み、それを自分達の物にしようではないか」
愚かで暴力的な考えは、やがて地上の者ほぼすべてに蔓延する。
一部の穏やかな者達は反対したが、しかし邪な者達を抑えることはできず命を奪われた。
邪な者達は、まず手始めにかつて先祖が贈った穏やかな動物と、その世話をしていた者達の命を奪った。
温和な『楽園』の者達は、あまりの突然の侵攻に抗う術を持たなかった。
それでも必死に抵抗し、長い長い戦いが始まった。
地上の者が持ち込む武器に対抗するため、『楽園』の者達は巨大な要塞を築き上げた。
「ここにいる限り、そうやすやすと負けることはない」
邪な者の憎悪は燃え上がった。
『楽園』に築かれた要塞を忌々しく見上げ、その攻め入ることのできない威容に歯噛みした。
ついに一人が言った。
「もう『楽園』などいらぬ。すべてを滅ぼし尽くしてやる」
と。
その者は燃え盛る炎を棒に灯し、『楽園』のあらゆる物に火を放った。
『楽園』の土の下に眠る石は永遠に燃え続ける恐ろしい石であり、その性質は『楽園』に不幸をもたらした。
『楽園』全土が炎に包まれ、火を放った者もそれに包まれ燃え尽きた。
炎は大地を燃やし、川を燃やし、海を干上がらせた。
命あるすべてのものが炎にまかれそこから消え失せた。
地上の者は『楽園』との境界を封じ、二度と行き来できないようにした。
そして、憎悪と一握りの憐れみを持って、『楽園』をこう呼んだ。
『地獄』
と。
燃え盛る炎は衰えることなく、大地はすべてが燃える石と成り果てた。
川と海は溶岩に満たされた。
昼夜の境は消えて失せた。
そして、かつては『楽園』と呼ばれたこの地に住まう者の魂と亡骸が、地上への憎しみをつのらせ蘇る。
打ち倒された者は白い骸骨に。
燃やされ、水を渇望した者は黒い骸骨に。
友好の証として贈られ、そして命奪われた動物は腐乱した姿で。
嘆き悲しむ魂は、空に浮かびながらそれでも昇天することが叶わず叫び続け。
怨嗟の顔を宿した砂は、憎む者を引き摺り込もうと手を伸ばし。
そして、火を放ったあの者は、自らの道具に取り込まれ永遠の時を炎に囚われ彷徨う。
永い、気が遠くなるほどの永い時が過ぎた。
『地獄』は亡者達の恨みの地と化し、地上で繁栄していた者達もすべて消えて失せた。
わずかに過去の遺骸がこの地に姿を留めるばかり。
地上に、一人の人物が降り立った。
まったく唐突に、何処から来たのかも判然としないその人物は、この地をくまなく探索した。
そして見出す。
『地獄』の象徴たる溶岩に、地上の恵みである水をかけ冷やし、固める。
そうして出来た物を組み、空間を作る。
空間に火を灯し、亡者達の忌まわしき記憶を呼び起こす。
遥かな昔、地上の者が封じた『地獄』への門であった。
『地獄』の奥深くにて、その者は目的を果たす。
地上に戻り、その者は震える手で恭しくそれを取り出す。
怨嗟の砂を積み上げ、黒い髑髏を捧げる。
それが、地上に現れた。
亡者の憎悪の声をその身に宿し、生きとし生けるものを憎むもの。
この地に住まう唾棄すべき子孫に滅びをもたらすもの。
終焉の手始めは、それをこの地に呼び出したその者だった。
黒い亡霊にその身を焼かれながら、その者は断末魔に笑みを浮かべた。