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象を冷蔵庫に入れる方法

 象を冷蔵庫に入れる最短手順を教えてください。
 フリーディスカッションモードでの勉強会の講師をする際によく使うアイスブレイクのネタ。最短手順と言わず、3ステップで、とすることもある。記憶が正しければ、多湖輝さんの『頭の体操』(多分1巻)に掲載されていたのが元ネタのはずなので小学高学年か中学生の頃に仕入れたお話をいい年して使っていることになる。そんな古いお話だからか、それとも当時周りの人は皆読んでいるよねというようなベストセラーだった(と記憶している)からか、使う時は「みんなこの話知っているよね」という気分なのだが、世代の違いなのかなんなのか、今のところ「知ってる!」という反応に出会ったことがない。
 このお題の答えは「冷蔵庫の扉を開ける」「象を冷蔵庫の中に誘導する」「冷蔵庫の扉を閉める」。頭の体操という書籍が頭を柔らかくしましょうという一種のナゾナゾ集なので、細かなことを言えばこの解答に突っ込む余地はかなりある。とはいうものの、プロセスを明確に考えられるようになろうといったテーマで講師をすることが多いこともあり、突っ込みの余地も本編に入るのに役立つので、このネタを重宝している。


 ビジネスに限らず、進学や資格取得のための受験など「プロセスよりも結果です」と言われるシーンは非常に多く、しかも昨今は効率第一、何事につけてもコストパフォーマンスやタイムパフォーマンスをよくすることが大前提、当たり前すぎて、コスパ、タイパという言葉すら使わなくなったというようなご時世で、悠長にプロセスを考えましょうよなんて言っていると、それこそ「なんてパフォーマンスのよろしくないヤツだ」という目で見られたり、そこまでいかなくとも「なんか面倒臭いヤツ」という視線を浴びせられることになる。プロセスはなんでもいいから結果を出せ、結論を述べよというわけだ。
 しかし「プロセスはなんでもいい」というのは結構上級者向け、天才向けの話なのではなかろうか。「思いつくままにやったら結果出ちゃったんだよね」というのが本当にプロセスはどうでもいいということであって、大抵の「プロセスはなんでもいい」は(実際には予算だったりスケジュールだったりの制約があるので、文字通りなんでもいいことは稀)「やり方の工夫はお前に任せる」の表現違いであって、結局は結果の出るプロセスを自分で見つけろ、ということにすぎない。プロセスは何でもいいと言いながら、「もちろんあなた以外でも再現できるように」という要求もくっついているのはビジネスの常で、再現方法を説明できるようにしないといけないし、なんだったら再現手順の文書化だって必要だ。そもそも再現性のある方法を選択しなくてはいけない。つまりはプロセスを考慮しない訳にはいかないのだ。


 ではなんで「プロセスはなんでもいい」がまかり通るのだろう。真っ先に思いつくのが、本当にプロセスは何でもいいという場合。結果を求める側からしたら、実現するための方法が何パターンか想定されていて、どのパターンを採用しても時間その他の負荷に大差ないようなケース。この場合は指示された側も同様に何パターンかを知っている、少なくとも思いつくだけの知識知恵があることが前提条件として必要になるように思える。なので、指示された側が指示する側と対等かそれ以上のレベルにあるという関係でないと成り立たない。専門職への受発注関係は原則としてこれにあたるのだろう。専門家なのでやり方はご存知ですよね、お任せしますというスタンス。
もう一つの理由は、プロセスは面倒くさいというもの。考えるのが面倒くさければ、伝えるのも面倒くさい。考えたところでその通りに進められるとも限らないし、伝えたところでどうせ改変されるに違いない。だったら当事者が好きに進めればいい、私は結果さえ適切なら構わない、ということだ。
いずれの場合も、「プロセスは何でもいい」と言いつつ、実態は「あなたがプロセスを考えなさい」ということにすぎない。だから、ベテランから指示を受けたビギナーという構図の時に破綻する。ビギナーだけにプロセスを考えるだけの材料を持っていない。そこで必要になるのが、象を冷蔵庫に入れる的な考え方になる筈だ。方法を問われているので、目の前に象が入る大きさの冷蔵庫と象は存在しているに違いない、だったら扉を開ける、移動させる、扉を閉めるで十分ではないか、所与の条件だけで手順を作ってしまう。それによってはじめて、象が入る大きさの冷蔵庫はどうやって用意したら良いか、そもそも入れるべき象はどこにいるのか、今時冷蔵庫なんて冷える場所に象を入れることは倫理的に問題ないのかなどなど一段階細かな課題が見つかる。結局プロセスというのは手順のフリをしているが、間に存在する障害への対応方法など、結果を出すための備えの総体のことなのだ。
 いきなり答えを欲しがるせっかちな向きにはまどろっこしいこと甚だしいかもしれないが、やはりプロセスを考えることには時間を割きたいものだ。


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