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book.3 いとしのパパ象は空を飛んだか

20代の頃だったと思う。旗の台のさびれた古本屋に入ると、本棚の奥にいる一冊の絵本が語りかけてきた「どうぞ私を選んで下さい」。僕は迷うことなくその大きな絵本を買うことにした。

「いとしのパパ象は空を飛んだか」
 工藤直子 詩
 梶山俊夫 画

それはこんな詩から始まる

父あなたが
座布団にきっちり座った日
父あなたは
しわしわの象だった
 
むかし
父あなたは皮かばんであり
はぜの木の下をあるく痩せた紐であり
父あなたと
生きているあいだは
それはもう他人この意外な無関係!
 
だが父あなたと
象が死んでしまうと
父あなたは兄弟のごとく象であり
これこそ同化作用
 
父あなたは
座布団にすわり
父あなたは
しわしわの威厳ある象になり
しかし父あなたは
俺 死ぬのこわいこわいと
父あなたの
若くつやつやの娘にシュプレヒコール
父ほんとにまあ あなたは
 
ところで父あなたは
死んだからといって
ぐうぐう寝るわけにはいかない
象! あんたもそうだ

全くわけがわからん 笑

ある日、僕の夢のなかにパパ象が入ってきた。パパ象は夢のなかで絵本の物語を忠実に再現してくれた。全くわけのわからなかったあの物語を、僕は夢のなかで理解することができた。そして夢から覚めて、忘れない内にと絵本を開いてみたがやっぱりわけがわからなかった。そうなのだ、この絵本は夢の中でしか理解できないのだ。

ある日の朝、目覚めると絵本は旅立っていた。絵本は僕の目の前から消えていた。しかしパパ象のことなどすっかり忘れていた僕は、絵本がいなくなったことさえ気付かずにいたのだ。

そして10年以上たったある日、あの絵本とパパ象のことを思いだした。もう一度あの本を見たいと思いたった僕は、たくさんの古本屋や書店でパパ象をさがし歩いたが、いくらさがしてもあの本を見つけることはできなかった。

この出来事をひとりの友に話したら、友はNETでいとも簡単に「いとしのパパ象は空を飛んだか」を手に入れてしまった。

というわけで旅を終えた絵本は、無事に僕の元へと帰ってきたわけだ。しかしもう絵本は語りかけてはこないし、パパ象も夢の中には現れない。この絵本はただの絵本に、いや、本当の絵本に戻ったのだ。

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