97DAY ‐奥多摩プチ日記1‐
昨日と今日は奥多摩にいた。電車乗り継ぎ二時間弱、外はあいにくの雨だったが、それが逆に爽快なほどの心地よさを生み出す。御嶽駅を降りると、その心地よさはさらに自分の感覚に入り込んできた。それは夏の途方もないような暑さが幻になった瞬間である。山肌には霧が立ち込め、レースのようにふわりと山に覆いかぶさる。御嶽駅から珊瑚荘は歩いて数十分弱。その間にも、目に見えないぐらいの細かい雨が、時間がたつにつれ服と髪とを濡らしていく。ここは涼しさと並んで音の宝庫でもある。川の音が聞こえる、木々のさえずる音が聞こえる、鳥の声が聞こえる、いきなり青梅街道を爆走する車やバイクの集団が通り、過ぎ去ったかと思えば、また自然の音が戻ってくる。下界と上界の境がここにはある気がする。
珊瑚荘についたが、誰もいない。どうやら自分が一番最初についたようだった。いつもは賑やかな珊瑚荘が、ほんの一時間ちょっとは自分の物だった。荷物を置き、換気のために窓を開けて空気を入れ、軽く家具の片づけをして縁側にすわった。目の前には緑に覆われた山がそびえ、その奥にも幾重にも重なるように山の輪郭が見えている。時折カササギが山を背景に通り過ぎ、山肌を滑るように霧が立ち込める。鳥の音も聞こえれば虫の音も聞こえる。もし時間という概念がなければいくらでもこの場所にいるところだ。
五時くらいになって、人がどんどん集まり始める。夏が過ぎたからかもう外は薄暗い。しかしその薄暗さが、山肌にかかる霧の存在を際立たせていた。人が来たので早速焚火の準備をする。我々はこれのために奥多摩に来ていると言ってもいいからだ。焚火の温かさには、言葉で表せないような中毒性がある。人の文化における始まりも、火の発見だからなのかもしれない。
奥多摩での一日はたつのが早い。いつのまにか寝ていたらもう朝になっていた。