田舎の女子高生が知らないおじさんとバンドを組んだ話(2/2)
空気感を楽しみながらゆったり読んで頂く目的で書かれたエッセイです。
お忙ぎの方は日を置いてまたいらしてください
〜これまでのお話〜
バンドと接点皆無の群馬県田舎町に育った女子高生の私は、高校卒業間近で初めてバンドを組もうとする。バンドメンバー募集サイトで知り合ったA井さんのカバーバンドに、ボーカルとして加入してみる事になったのだ。
((そして初のライブハウスで空振り撃沈した))
これまでの話を初めから読む (4,441文字・画像8枚)↓
田舎の女子高生が知らないおじさんとバンドを組んだ話(1/2)
筆者の現在のバンドはこちら↓
東京のメタルバンドです。
※これは10年以上前の筆者の体験をエッセイにしたものです。現在はちゃんと活動してる怖いおばさんです。
●大音量練習し放題
私はスタジオ練習に向けて自分の部屋で練習していた。
渡されたCDを流し、印刷した歌詞に注意点のメモを取る。何度も口ずさんで指定の曲を覚える。
曲はEvanescenceの1stアルバムから
・going under
・bring me to life
・haunted
・whisper
この4曲だった。
なかなかに酷かった筈
でも見様見真似で歌って覚えるあの感覚は大切な経験だと今でも思う。
私の実家では音量を気にせず練習が出来る。
金は無いが土地はあった。
私の部屋は母屋と徒歩20〜30秒程の距離にある、畑の隅に建つ小屋だ。
小屋と言っても内装はちゃんとフローリングでしっかりした部屋になってる。
姉が中1、私が小5の時に父が手作りで建ててくれた。
2つ上の姉は大学の寮へと出て行ったので私しか使っていない。
小屋の外に多少音漏れはするものの周りは畑。
母屋やお隣さんの家ともそれなりに距離がある。
今みたいな絶叫する歌ではなかったし
遠慮なく、思う存分歌を楽しめる。
-余談-
それまで美術系の特進クラスのあるような学校への進路を目指していたので、周りは絵の具や木材や鉈…色んなものづくり道具が乱雑に散らばる。そんな部屋だった。
結局進学は諦めて音楽活動にシフトした後も
個人で画集を出したり、バンドのTシャツデザインとかロゴの作画とか…
結局なんやかんや趣味で続けてしまってます。
このロゴデザインはバッファローの部分は私が描きました。(魔法陣は別の人)
頂いた売り上げはMV制作に使わせて頂いてます。
(現在絵のお仕事依頼は受けてません)
話は過去に戻り…
それなりに曲を覚えた頃…いざスタジオへ!!
●スタジオの使い方がわからない!
この時の事はあんまりはっきりは覚えていないのだけどスタジオには30代前半のA井さんの他に
私と同い年で18歳のギターのK君(Kenjiじゃないよ)、
あともう1人、Y(あだ名)と言う20代の男性がいた。
Yはベースだったかドラムだったか忘れちゃったな。
私の記憶の曖昧さを正確にお伝えする為
「子供が描いた風の絵柄」でお届けします…
ドラム無しで演奏とか難しいからYはたぶんドラムだったんじゃないかな…
他にもいたかも知れないけどマジで曖昧なのでこの4人で組んだって事でここでは書き進めます。
なんか嬉しそうに迎えてくれた雰囲気だった気がする。
会員登録をして初めてスタジオに入ると、自分が何を理解していないのかすらもわからない。
そんな状態なので、マイクを繋ぐ事とミキサーの調整をメンバーがやってくれた。
そして
「はい」と渡された準備前の畳まれたマイクスタンド。
うーん。使った事ないな。
取り敢えず、伸ばせば良いのか…?
電子機器と違って、これなら私が弄っても壊す事はなさそう!
「わかりません」と言って教われば良いものの
「やらなきゃ」と必死になっていたピュアな高校生私
((わかんないわかんない;;;))
とにかく急いでマイクスタンドを広げた。
結果、
イキってんな〜!!な、この状態で
まさか曲が始まってしまう。
多分これはコンデンサーマイクが上から設置されてる様子とごっちゃになってたんだと思う。
その時のメンバーからすれば、あまりにも私が当然のように歌い出したので言いにくかったんだと思う。
2〜3曲くらい歌い終わった頃
ようやくA井さんが「ふふっ」と小さく笑いながら無言で直してくれた。(ガチ無言)
あー!!マイクスタンドってそうやるんだ!
ちょっと恥ずかしい〜〜!!
やだ〜〜ちょっと教えてくださいよ〜っ
って言う素直な感想を元気に口に出せる可愛い女子高生だったなら、きっと私の人生は今と随分変わってたんじゃないかと思う。
その日は割と無言無言で差し障りのない会話を挟みながらお互いの顔色を伺い合う感じでスタジオを終了した。
((お互い陰キャだと私が真面目過ぎる空気を出し過ぎて大体こうなる))
そんなにあれこれ覚えてないけど
「滅茶苦茶感動した!」って事もなく。
生演奏って歌いにくいな、ちゃんとやらなきゃ、って程度の感想だった。
あとスタジオの匂いって独特だよね。
帰りは遅い時間なので
A井さんが気を遣って毎回高崎から私の町まで送ってくれた。真っ暗な峠を越えて30分弱。
学校用で電車の定期券持ってたけどな…。
町の中心にある明るいスーパーまで。
そこから家までの道のりは街灯もないガチで真っ暗道なので両親が車で迎えに来てくれた。今思えば色んな大人に助けられてバンドを始めたなと思う。
その際、A井さんと両親は毎回顔を合わせて挨拶するので、心配していた両親も一応は安心してくれていたみたいだ。
有り難いことに、私は「大人同士の挨拶」をちゃんと見せられて育った。
●「声出し」って何さ
それから何回かスタジオに入るようになって
その頃にはマイクを自分で繋ぐ事と、ミキサーを弄る事を覚えていた。
とは言っても、耳が育ってなくて判別つかないので
ミキサーは標準値の周りをウヨウヨ適当に弄ってみる程度だ。
素人バンドあるある、曲が始まるまで準備の時間がダラダラ長い。
私はあっという間にマイクを繋いでミキサー整えて
その残りの時間をずっと座って待っていた。
スタジオ内にふかふかなソファーがあった。そこから皆の準備を眺める。
そんな時、同い年のK君(前回より少し仲良くなってる)がこちらに来てこう言った。
「声出しするのも大事ですよ」
こ、声出し…???
何をしたら良いんだ…
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