
クリームソーダ【掌編】
きみがクリームソーダを飲んでいる。
隣に座っている僕は、そんなきみの様子を横目で盗み見ている。そして僕が隣からきみを盗み見ていることを悟られないように細心の注意を払いながらきみの横顔を盗み見ている。
わきの下辺りまで伸ばした茶色い髪と眉毛のあたりで揃えられた前髪。きれいに反った長いまつ毛とすっとまっすぐ伸びた鼻筋。そしてすこしめくれたようなきみの唇。
その唇が僕の唇と重なり合って互いに求め合うところを想像する。髪の毛の隙間からのぞく白い首筋に僕の唇が触れて、そのたびにきみの口から熱い吐息が漏れるところを想像してしまう。
きみの湿った唇がわずかにひらいてストローを咥える。きみが頬を少しすぼめるとグラスの中のクリームソーダが少しずつ量を減らしていく。そしてきみがストローを口からはずすときに僅かに開く濡れた唇に僕はつい見とれてしまう。
アイスが溶けて緑色のソーダと混ざりあい白く濁ったきみのクリームソーダ。きみはその白く濁ったクリームソーダをストローでゆっくりと吸い込んで口に含み、そして静かに飲み込んでいく。
きみは唇についた白いクリームを舌で舐めるとふいに僕を見た。僕は咄嗟に目を逸らしたけれど一瞬だけ目があってしまった。そして僕は一人で勝手に気まずい思いにとらわれる。
きみは僕のことをどう思っているんだろう。
きみと付き合いはじめてまだひと月しか経っていないけど、僕はきみと唇を重ね合わせたくて仕方がない。
きみの制服の白いブラウスのボタンをひとつずつゆっくりと外したくて仕方がない。露になったきみの白い乳房に触れながら、耳たぶのあたりにそっと顔を近づけて耳の裏の辺りの匂いを嗅いでみたくて堪らない。
きみはどうなの?きみもこんなことを想像したりするのかな。
きみが僕の顔をみながら微笑んでいる。そして「これ飲んでいいよ」って言いながら僕の前にクリームソーダをすっと差し出す。
僕は緊張しながらきみの唇の痕跡が残ったストローを咥える。そしてきみの唇が触れていたあたりにぬるりとした湿り気を感じて、はげしい胸の高まりをおぼえる。へその下の方がむず痒くなるような感覚に囚われながら、きみの白く濁ったクリームソーダをゆっくりとすすり、こんな風にきみと混ざり合って溶けてしまいたいと思う。
「もう行こうよ」
そう言ってきみは椅子ごとくるりと僕の方を向く。そして僕は短めのスカートからきれいに伸びたきみの脚と紺色のソックスに思わず視線をもっていかれてそこから目が離せなくなる。そしてきみがカウンターの高い椅子からすべりおりるときにスカートが少し上にずり上がって、白い太ももがいつもよりも多めに現れるのを見て僕は慌てて目を逸らしてしまう。
外に出ると強い日差しが容赦なく照り付けている。そしてアスファルトから立ち上がる熱に踵から頭のてっぺんまで焼かれながら、駅まできみとふたりで並んで歩く。
「こんど海に行きたいね」
振り向きながらきみが言う。
僕は水着姿のきみを想像する。小ぶりだけれど形のいい胸を。小さなビキニが包んでいるきみのおしりの丸くてやわらかそうなフォルムを。すらりと伸びた引き締まった脚を。
容赦なく強い夏の強い日差しがきみに降りそそぐ。焼かれた砂浜の熱さを我慢しきれなくなったきみが笑いながら踊るようにして跳びはねている。
茶色の髪がふわりと舞い上がり、水着に隠された胸がほんの控えめに揺れる。
そしていまここには誰もいない。この広くて真っ白な砂浜も広い青空も、そして広い海もきみと僕の二人だけのものだ。
「わたしコニシ君がさっきからなにを想像しているか知ってるよ」
前を歩くきみがふいに言った。
胸を強く殴られたような衝撃を感じて思わず後ずさりしそうになった。何故きみにばれてしまったんだろう。頭の中も真っ白だ。
きみは僕の顔をじっとみつめながらクスリと笑って、僕はそんなきみの顔をまともに見ることが出来なくて思わず目を逸らす。きみは僕の顔を見ながらにっこり笑って、何も言わずに速足で歩いていく。
髪の毛を揺らしながら僕の前を歩くきみを見ながら、きみこそが宇宙の中心なんだと僕は思う。僕はきみという巨大な恒星の周りをぐるぐると回り続けるちっぽけな惑星にすぎない。そしていつの日かきみに吸いこまれて燃やし尽くされてしまうんだろう。
ニーチェよ、神は死んでなんかいないよ。神はいま僕の目の前にいる。
Du bist die attraktivste Frau in diesem Universum.
そしてきっとゼウスだってきみには敵わない。