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第20話 テレビと喧嘩【下書き再生第二工場】

 大学の正門の向かいにある古びた喫茶店でわたしと吉岡先輩はテーブルを挟んで向かい合って座っていた。店内は退屈を持て余しているであろう学生達で満席だった。

 「先輩。ついにわたしは双方向コミュニケーションが可能なテレビを開発することに成功しました」

 わたしはそう言いながら吉岡先輩をみて反応を伺ってみたが、興味を示してくれそうな様子ではなかった。

 「俺テレビ観ないしそういうのには興味ないんだよ」

 吉岡先輩がつれないそぶりで答えた。だがわたしには何としてでも吉岡先輩の興味をこのテレビに惹きつけなければならない訳があった。とりあえずアピールするしかない。

 「先輩、わたしが開発した双方向コミュニケーションテレビは人間と会話ができるんです。すごくないですか」

 吉岡先輩は怪訝そうな顔をしたまま口を開いた。

 「人間と会話ってどこまでのレベルの会話ができるんだよ」

 待ってましたとばかりにわたしはそのテレビについて説明を始めた。

 「ちょっとした日常会話ならできます。例えば、おはようございますとか、行ってらっしゃいとか、今日もお疲れさまとか、もっとワタシをみてとか、わたしときちんと向き合ってとか」

 「重いな。テレビにそんなこと言われたくないよ」

 関心ないねとでも言いたげな様子で吉岡先輩がコーヒーをすすった。でもどうやらわたしの話に全く関心が無いという訳では無さそうだ。わたしは本題に入るならいまだと思った。

 「そこで吉岡先輩にお願いがあるんです。そのテレビのモニターをやってほしいんです」

 「モニター?」

 「そのテレビをひと月使ってほしいんです。それでいろいろと意見が欲しいんです」

 吉岡先輩が怪訝そうな顔をしてわたしをみた。わたしは怪訝そうな顔の吉岡先輩も素敵だなと思わず見とれてしまった。

 「さっき俺テレビ観ないって言ったじゃん」

 それはたしかにさっきも聞いたがここで後に引くわけにはいかない。わたしはどうしても吉岡先輩にこのテストに付き合ってもらいたいのである。

 「先輩の世代の男性もターゲットにしているので、そこをなんとか。それにこんなことお願いできるのは先輩しかいないんです」

 「分かったけど、大きいサイズなら無理だぞ」

 散々渋る吉岡先輩に必死に頼み込んで、二週間だけならという条件でようやく引き受けて貰えることになった。

 二週間後、吉岡先輩の元からテレビが戻って来た。わたしはさっそくそのテレビが保存しているデータの解析にとりかかった。

 わたしの本当の目的は吉岡先輩にテレビのモニターをしてもらい開発に役立てることではない。吉岡先輩のありとあらゆるデータを収集することが本来の目的であった。

 このデータの中に吉岡先輩のことを知る数多くのデータがある。そう思うとわたしは興奮を抑えきれなくなったのか鼻血を出してしまった。

 一番興味深くかつ重要と思われる情報があった。テレビのキャラクター設定が幼馴染の年下女子。しかもツンデレに設定されている。わたしはこのとき初めて吉岡先輩がツンデレ好きであることを知った。

 双方向コミュニケーションだから会話も全て記録されているのである。音声データを早速解析してみた。

 2024/09/20 19:00

 「なあ野球みせてくれよ」

 「いやよ。私は野球なんて興味ないしバラエティ番組を観せたいの」

 「いや、今日はタイガースの優勝がかかったとても大事な試合なんだよ」

 「ふん。そこまで言うなら野球をみせてあげてもいいけど、その代わり私が観せる深夜ドラマに付き合いなさい。いいわね、約束よ」

 「仕方ないな。そこまで言うなら付き合ってやるよ」

 「べべっ、別にアンタに観てもらいたい訳じゃないんだからね!」

 このテレビは想定していたよりも遥かにツンデレが上手なことに驚いた。

 だが、喧嘩になった日もあるみたいだ。

 2024/09/24 20:00

 「オマエしょうもないバラエティ番組ばっかりみせようとすんな」

 「ちょっ、ちょっと!しょうもないとは何よ。アンタが観ているスポーツだって全部くだらないわ。ボールを打ったり蹴ったりしているだけじゃない」

 「オマエ、スポーツを馬鹿にしたな!」

 「ふん。それが何。スポーツなんてくだらないわ」

 「黙れ!もうオマエにテレビ見せてもらおうなんて思わない。いますぐ出てけ」

 「ああ、いいわ。だいたいこんな貧乏くさい部屋こっちから願い下げだわ!」

 どうやら喧嘩になったことはたびたびあったようだ。でも次の日には仲直りをしている。そういうことに後腐れなくサバサバしている先輩はやはり素敵だと思った。

 それから分かったことがある。隠しカメラによりリアルタイムで観察した吉岡先輩は部屋では下着姿で過ごしている。食事はほぼ外食。外食が多いというところにつけ込む隙がありそうな気がする。それからカラムーチョと炭酸ジュースが好きだ。部屋に友人を呼ばない。残念ながら性欲の処理方法は分からなかった。

 それからどうやら恋人はいないらしい。

 しかし吉岡先輩ともあろうお方が隠しカメラの存在に気がつかないだなんて。これは嬉しい誤算であった。

 これだけデータがあれば充分だ。予算を使い過ぎだと教授から叱られても辛抱強くわたしだけのために開発を続けた甲斐があった。これでわたしは吉岡先輩好みのオンナになれる。でかしたぞ、双方向コミュニケーションテレビ。

 わたしはさっそく吉岡先輩を喫茶店に誘うことにした。

 「ねえ、わたしいまから喫茶店に行くからアンタも付き合いなさい」

 吉岡先輩は誰だコイツというような顔でわたしをみているが、そのうちにわたしのツンデレキャラ設定に慣れたら嬉しくて堪らなくなるはずである。

 「来るの?来ないの?はっきり決めて。わたしだってそんなに暇じゃないのよ」

 「まあ、付き合ってやってもいいけど、いったいオマエどうした?」

 「どうしたもこうしたも無いわ。わたしはただ暇つぶしにアンタを誘ってあげてるだけ」

 心なしか吉岡先輩はいつもより嬉しそうにしている様にみえた。

 「じゃあそこまで言うなら付き合ってやるよ」

 「べべっ、別にアンタと一緒に喫茶店に行きたいとか、そんな訳じゃないからねっ」

 わたしはなんとか吉岡先輩を喫茶店に連れ出すことに成功した。

 「アンタもさっさと注文を決めなさい。わたしはもう決めたわよ」

 「さっさと決めろも何もいつもと同じだろう」

 吉岡先輩はホットコーヒーでわたしはクリームソーダである。

 「ほら、はやくわたしにテレビの感想を教えなさいよ」

 本当はテレビの感想などどうでもいいのだが一応訊いてみた。

 「オレには必要ないな。それにおまえのその変な口の利き方なに?変な薬でも飲んだのか」

 吉岡先輩に真顔でそう言われ、どうやらツンデレ作戦はあまり上手く行っていないように思えて、わたしは焦った。

 「ちちっ、違う!これはアンタがツンデレが好きだからだとか、そんなのじゃないから」

 吉岡先輩がちょっと待てと言ってわたしを怪訝そうな顔でみた。

 「オレがツンデレ好きだって、何で知ってるんだよ」

 わたしは吉岡先輩にテレビを二週間使ってもらった本来の目的に気づかれてしまったらどうしようかと焦った。

 「そっ、それは先輩がテレビをツンデレ設定にしていたから、先輩はツンデレが好きなんだって」

 吉岡先輩がああ、なるほどそうかとでも言いたげに頷いた。

 「ということはおまえはオレのことが好きなんだな」

 「ちちっ、違うっ。誰がアンタのことなんか」

 「じゃあオレはオマエのドSの執事になってやるよ」

 わたしは吉岡先輩の口から出た言葉に驚いて、もう少しで大声で叫んでしまうところだった。

 「えっ、なんでわたしがドSの執事が好きだって知ってるんですか」

 「それはオマエのテレビがウチに来たときドSの執事に設定されていたからだよ」

 「はっ!」

 不覚だった。そのことは吉岡先輩とお付き合いするまでは知られたくなかったのだ。

 「全くお嬢様はどうしようもないお馬鹿ですね。あなたがこの大学の学生だなんて、世も末です」

 吉岡先輩から放たれた言葉に興奮した。でもよく考えてみたらオマエがお嬢様に変わってあとは敬語になっただけで、いつも教授や研究室のみんなから言われていることと同じであった。

 「オマエお嬢様なんだろ。じゃあ執事の分も払ってくれよ」

 わたしは吉岡先輩のコーヒー代も払い、とぼとぼと店を出た。

 「まあそんなに落ち込むな。オマエはお嬢様には向いてないし、オレも執事にはなれない。でも」

 でも、なんですか。わたしは吉岡先輩の顔を見上げた。

 「オマエはドMでオレはドSだ。きっとオレ達は上手くいく」

 その夜わたしは吉岡先輩から、オレが許可するまでは絶対に服を着るなと命令されて真っ裸のまま一晩ほったらかしにされた。ひとりでベッドに眠る先輩の寝顔を見ながら、わたしは興奮のあまり震えた。

#下書き再生工場

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