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第14話 脳内家族を紹介します【下書き再生第二工場】

 昼の休憩時間に同僚の派遣社員同士が集まっていつものように雑談をしていた。この職場に三日前に入社したばかりのわたしは端の席に座り、先輩方の会話を聞いていた。

 するとこのグループのボス格である村田女史が夫の自慢話を始めた。どうやらこれはいつものことらしい。だから皆もまたかというような顔をしながら適当に相槌をうったり大袈裟に驚いたりして調子を合わせている。そんな村田女史は皆のお世辞をわざとらしく否定しては悦に浸っていた。

 すると村田女史が突然わたしの方を向いた。わたしは何を言われるのかと咄嗟に身構えた。

 「そういえば斎藤さんは結婚されていますの?」

 いまやこの質問はハラスメントであるがどうやら村田女史には世間の風潮など知ったことでは無いらしい。その我が道を行くっぷりはまるで叶恭子さんのような人だ。

 「斎藤さんは三日前に入ってこられたばかりだから、どんな方なのか気になっていたのよ」

 皆がお気の毒にといった顔でわたしを見ている。誰か助け船を出してくれないものかと必死で助けてくださいオーラを放出したが、皆気づいているだろうに見て見ぬふりであった。かくも人の世とは無情なるものよと嘆いてみても仕方がない。

 村田女史はわたし達のチームのボスであると初日に片山さんが教えてくれていた。そんな村田女史に不快な思いをさせたら仕事にも支障が出るだろう。わたしはまだ未婚ですと言いかけて、いや、そう答えたら何故結婚しないのかなどとしつこく絡まれるかもしれない、それはそれで面倒だろうと思った。

 「はい、結婚しています」

 思わず咄嗟に嘘をついてしまった。

 「あら、結婚されてたの。ご主人はどんなお方なの」

 そこまで聞くのかと思った。結婚していると答えたら済むと思っていたから答えを準備していなかった。

 「わたしよりも五つ年上で、まあ普通の人です」

 無難に答えたつもりだった。わたしが独身だということを知っている片山さんと目が合った。片山さんの目は「頑張れ」と応援してくれているように見えた。

 「斎藤さんはおいくつでしたっけ」

 「二十七歳です」

 「大学は出てらっしゃるの」

 「はい」

 「どちらの大学」

 おいおい、そこまで聞かないだろ普通と呆れた。さすがにうんざりしたので適当に答えてやろうと決めた。

 「関西学院大学です」

 すると村田女史は驚いた様子を見せて言った。

 「あら、私の姪と同じ大学じゃない。奇遇ね。あなた何学部なの」

 まずいことになってきた。わたしは内心焦りを感じながら適当に答えることにした。

 「あ、ぶ、文学部です」

 村田女史は残念そうな顔をした。どうやら姪御さんとは違う学部だったのだろう。ホッとしたのもつかの間、次の攻撃が始まった。

 「ところでご主人はどちらの大学をお出になってらっしゃるの」

 おそらくそう来るだろうと思っていた。だから答えはあらかじめ用意してあった。村田女史の夫の出身大学は○京大学であったはず。昨日も自慢されていたのを憶えている。だから絶対に被らないはずの答えを用意した。

 「○京藝術大学です」

 すると村田女史はまたまた驚いた顔になって言った。

 「あら、なんていう奇遇なの。私の甥が○京藝大に通っていたのよ。ご主人はどちらの学部ですの」

 またか。もううんざりだ。ちらりと片山さんの顔を見た。片山さんは心の中で「もう少し頑張れ」と言ってくれているような気がした。

 「えっと、なんか爆発させるやつです」

 村田女史は残念そうな顔をした。ところでなんか爆発させるやつって何?自分でも何を言っているのか分からない。

 さすがにもう終わりだろう。勘弁して欲しいしそろそろ予鈴が鳴るころではないのか。すると村田女史が口を開いた。

 「ご主人はどちらの会社にお勤めなの」

 わたしは片山さんの顔を見た。片山さんが咄嗟にわたしから目を逸らした。わたしは友軍に見放されたような絶望感に囚われた。

 「えっと、たしか村田さんのご主人は銀行にお勤めでしたよね」

 村田女史が一瞬得意げな表情をみせた。

 「じゃあ、○菱商事です」

 村田女史が驚いた顔で言った。

 「あらやだ奇遇じゃない。私の夫は○菱東京UFJ銀行で○菱商事さんの融資を担当しているのよ。ご主人はどちらの部署なの」

 もうしんどい。片山さんを見ようとしたら片山さんはもういなかった。完全に見捨てられてしまったわけである。わたしは片山さんのあまりにも無慈悲な仕打ちを呪った。

 「部署ですか。えっと、なんだっけ。たしか営業だったと思います」

 村田女史はようやく満足してくれたらしい。

 「いつかご主人を私にも紹介してくださいね」

 「はい、そのうち紹介します」

 ようやく解放された安堵感に浸る間もなく藤田課長が現れてわたしの隣の椅子によいしょと腰かけた。

 「斎藤さん、村田さんの家族自慢、あれ全部ウソだから。全部彼女の妄想なんだよ。だから真面目に相手をしなくていいよ」

 わたしは自分のデスクに戻った。片山さんが話しかけてきた。

 「さっきはごめんね。ああなったら誰も何も言えなくなっちゃうのよ」

 申し訳ないと頭を下げる片山さんに、そんなこと気にしてませんからと言って、藤田課長から言われたことを訊ねてみた。

 「村田さんの家族自慢は妄想だけど、藤田さんは係長だよ。誰から聞いたの?」

 藤田課長も嘘をついていた。

 その日わたしは午後から早退して、そのまま退職した。

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