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第13話 私のエッセイは全てAIが書いてます【下書き再生第二工場】

 仕事の依頼がすっかり途絶えて暇を持て余していた私に、ある週刊誌からエッセイを連載しないかという話が舞い込んできた。

 誰もが知る有名な出版社が刊行している成人男性向けの週刊誌だが、発行部数はそれほど多くない。だが、独特なテイストのイラストで描かれたその表紙をみれば、誰もが一度は見たことがあるというだろう。そのくらいの知名度はある週刊誌だ。

 そんな有名な媒体から何故私のような、新人文学賞を獲ったはいいがその後はヒット作を出せずにいる、決して人気作家とは云えない私のところにエッセイの依頼があったのか。私は不思議でならなかったが吉岡さんという担当編集者の方と打ち合わせをするために都内某所のホテルで待ち合わせた。

 「何もゴルフやクルマのことについて書いて欲しいわけじゃないんです。静森さんのような三十代の独身女性の日常や思い出話なんかをさらっと書いてもらいたいんです」

 自分に週刊誌のエッセイの連載なんて務まるのだろうか。エッセイを書いた経験もあまりないし、アイディアなんてすぐに尽きてしまうのではないだろうか。不安ばかりで答えを出すことを散々渋ったあげく、結局は引き受けることにした。

 なにせ冷静になって考えてみれば仕事をしなければ生活に困窮するのは目に見えている。吉岡さんも助けてくれるという。きっと大丈夫と自分に言い聞かせながら、毎晩遅くまで机に向かって締め切りと闘いながらエッセイを書く日々が始まった。

 連載が始まってからひと月が経った頃、吉岡さんから私のエッセイが非常に好評だという知らせがあった。それを訊いてほっとしたのもつかの間、なんだか不安になった。

 それは人気を得るために最初から面白いエッセイを畳みかけていこうという目論見から、面白いエピソードをどんどん惜しみなく投入していたことで、これから先のエッセイにつぎ込める貯金がだいぶ減ってしまっているということだった。

 「記事を書くための取材とかさせてもらえるんでしょうか」

 吉岡さんに訊ねてみると、大丈夫だという。

 吉岡さんの言葉を聞いて少しは安心したが、特別なイベントを用意するのではなく、日常生活の中からほんの僅かな面白くなりそうなネタを探し出す嗅覚がとくに鋭くないとエッセイの週刊連載は務まらないということを肌で感じていたので、私は友人と会ってお酒でも飲みながら面白い話を聞くことが出来ればと思い、半ば取材のつもりで友人と会った。

 お酒も進み、面白そうなエピソードもいくつか聞くことが出来た。そんな中、友人が言った。

 「静森もさ、AIに書かせたらええやん」

 「いや、そんな訳にはいかないよ。私も一応プロだしさ、それだけはしたくないな」

 「そうかな、だって今時みんなやってることやろ?もしかしたらプロでもAIに書かせてる人おるかもしらんで」

 その話はそれで終わった。でも、少しひっかかるものがあった。

 帰り道、電車に揺られながら友人が言った言葉を反芻してみた。もしそれが出来るならかなりの時間が空くだろう。その空いた時間で自分の作品を書くことが出来る。

 私が前作を書いてからニ年は経っていた。そろそろ書かないとまずいという気持ちが湧いてきていたし、エッセイを書くことで小説を書くためのヒントになるようなアイデアも浮かんでいた。それを書く時間が欲しいというのがいまの私の切なる願いでもあった。ゆっくりと揺れながら走る電車のつり革につかまりながら、窓ガラスに映っている自分に問いかけてみた。

 「静森亜子、あなたはそれでもいいと思う?」

 答えは出なかった。ただ、心が揺れた。

 部屋に戻ってパソコンを立ち上げた。机に向かってしばらく考えた。そして決めた。

 「あくまでもこれは試してみるだけだ」

 私は自分自身に言い訳をしながら、こんなエッセイが書きたいという関連する情報をAIに入力してみた。するとAIはものの数秒で一遍のエッセイを書き上げてしまった。そして私はそのエッセイを読んで驚いた。

 少しばかり手直しすればこのまま吉岡さんに渡すことが出来そうな仕上がりだったからだ。私は試しにもう少し詳細な情報をAIに入力してみた。すると更によい出来映えのエッセイが出来た。

 私はしばらくそのエッセイを眺めながら悩んだ。少しだけ手直しすればおそらく吉岡さんは気づかないだろう。でもそんな行為が職業作家として許されるのだろうか。じゃあ吉岡さんには本当の事を打ち明けるのか。それは出来ない。モラルやプライド、それから長編を書くための時間が欲しい。その狭間で揺れた。

 そしてひと晩悩んだ結果、私はAIに書かせたエッセイを吉岡さんに渡すことに決めた。

 良心の呵責めいた気持ちとプライドを折り曲げた悔悟の葛藤を感じていたが、吉岡さんからの今回も素晴らしい出来だという言葉が葛藤を打ち砕いた。

 私はこれからはAIに原稿を書かせることにした。もう迷いはなかった。

 連載は好評をはくして単行本を出そうという話になった。

 私はほっとした。ある程度の成果を出すことが出来たし、静森亜子という私の名前をもう一度世間に認知させることが出来た。それに僅かでも印税も入るだろう。

 AIに書かせたことは間違いではなかった。もう後ろめたさなどみじんにも感じなくなった。

 それから半年も経った頃には大まかなテーマだけをAIに入力して、ほとんどAIに丸投げするようになった。エッセイにするアイデアを探すことにも飽きていた。それに何よりそうした方が時間をつくることが出来て、本当に書きたかった長編の執筆も捗った。吉岡さんに疑われることもまったく無かった。

 「AIが作ったエッセイの内容に変化が起きている」

 ある日久しぶりにきちんとエッセイに目を通していてそのことに気づいた。事実ではない創作が増えてきていた。これはどうなんだろう、事実ではないことを書いても良いのだろうか。エッセイである以上は本当のことを書かなくてはいけないのではないか。

 「多少膨らませるぐらいなら問題ないと思いますよ。そのくらいのことならよくある話ですから。でも、ありもしない経歴の詐称みたいなことはまずいと思います。例えば出身大学を詐称するとか」

 存在しない友人のエピソードをでっち上げたり家族のことを大げさに書く分には問題ないだろうと思った。

 やがて身の回りに変化が起きていることに気がついた。

 心当たりのない友人らしき女性と旅行に行ったと思われる画像がスマホにあった。

 このひとは誰だろう、しかも私はハワイになんて行ったことはないのに。

 心当たりのない高級レストランに知らない男性と訪れている画像もある。

 おかしいと思いラインをみた。

 心当たりのない恋人らしき男性とのやり取りがそこにはあった。

 どういうことだろう。一体なにが起きているのか。

 自分の周りに変化が起きていることに気づいた私は慌てて友人や知人の消息を確かめた。幸い消えてしまった人は誰もいなかったが、独身だったはずの友人のひとりは三年前に母親になっていた。

 もしかしたらAIがなにかしたのだろうか。AIがつくったエッセイの世界に変化しているのだろうか。

 それに気づいた私は急いで実家に帰った。

 駅まで迎えに来てくれた父親が乗って来た車はドイツの高級車になり、実家は高級住宅街にある低層の高級マンションになっていた。慌てて自分の小学校から高校までの卒業アルバムを探した。見つかった卒業アルバムは私が通っていた学校のものではなかった。

 私の世界はAIに乗っ取られつつある。

 自宅に戻った私は慌てて次号に掲載される予定のすでに校了を終えた原稿をもう一度丁寧に読み返した。実家で飼っている愛猫が亡くなるというエピソードだった。私は慌ててスマホをとった。

 「いや、校了してますからもう直すのは無理です。原稿も印刷会社に渡ってますからいくらなんでもそれはもう無理です」

 静森先生今更何を言い出すんですかと言いたげな口ぶりで吉岡さんが言った。最近は原稿のチェックすらいい加減になっていた。AIを信じ切っていたからだ。なにより、こんなあり得ないことが起きるなんて夢にも思っていなかった。

 吉岡さんとの電話を終えてすぐ、猫が今朝死んだと母親から電話があった。

 私は焦る気持ちを抑えながら、努めて冷静にAIにいままでのエッセイを書き換えることと、今後原稿にする予定のエッセイを全て消去するように入力した。

 何度入力してもエラーになった。それにアカウントを消すこともできない。

 パソコンを壊しても無駄だ。AIは仮想空間に存在するのだから。私が眺めているパソコンの画面から、次々にエッセイが生まれていく。ありもしない事実で埋め尽くされた嘘まみれの日常。だが、AIが創り上げた嘘が私の世界を塗り替えていき、その嘘はやがて真実へと置き換えられていく。

 もしかしたら私は既に私ではなくなっているのかもしれない。

 わたしは鏡をみた。その鏡に映っていたのは見憶えのない私だった。やがて私は大切な思い出もなにもかもをAIに乗っ取られ、私の全てが書き換えられていく。さようなら、わたし。

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