第23話 僕たちはどうイキるか【下書き再生第二工場】
渋谷でジブリの新作「君たちはどう生きるか」を観た帰り、お腹が空いたよねと藤田が言うからマクドナルドに寄った。店内は大勢の若者たちの嬌声や賑やかな話し声のせいで動物園の猿山のような賑わいだった。
そんな賑わいをみせるマクドナルドの3階の窓際のカウンター席に並んで座った。お互いの視線のやり場に困ることがある向かい合わせにならずにすんで少々ほっとした。
私は藤田に特別な好意は無い。でも困ったことに強くお願いされると断りきれない性分なので、藤田から映画を観に行こうとあまりにもしつこく誘われてつい折れてしまった。
それに藤田は彼の友人の吉岡と、どちらが先に私を落とすかみたいな鍔迫り合いをしていると小耳に挟んでいたので本当は関わり合いになりたくなかった。でも断って面倒なことになるのも嫌だ。だからジブリなら観に行くといい、藤田の誘いに乗った。
カウンター席に腰かけて会話は自ずと映画の感想を語り合うものになったのだが、そのうちにジブリおたくの藤田の話に付き合うのも退屈になってきた。今夜は恋人が私の部屋に来る。もしかしたらそろそろ来るかもしれない。そう考えたら私も早く部屋に帰りたくなってきた。だが、そこで藤田が聞き捨てならない言葉を口にした。退屈していた私は思わず藤田の言葉に興味を持った。
「なんかさ、継母っていいよね。血は繋がってないわけじゃん。だから若い継母と同じ屋根の下で一緒に暮らしていたらって想像したらヤバい」
私は思わず藤田キモっと思ったが、彼の話を聞いてみたい気もした。
「そんなものなの?つまりは母親にもとめる愛情じゃなくて、性欲ってこと?」
私が藤田にそう訊ねると、藤田は真顔になった。
「たしかに性欲かもしれない。でも母性を求める気持ちもある」
ふーんと私は思った。私だったらどうだろう。義理の父親と関係を持つなんていうのはよくAVにありがちなイヤイヤ犯されるイメージしかない。それか私がアラサーで義理の息子が中学生だったら、ないな。でも二十歳ぐらいの爽やかイケメンなら大いにあるかもしれない。
「俺ぐらい経験が豊富になるとさ、もう普通の相手とするセックスじゃ興奮しないんだよ」
普通って何だよって思ったけれど、それは一旦横に置いておくことにした。それから、へえー、藤田ってモテるんだねと返しながら、ついこの間吉岡とどっちが早く童貞から卒業できるか勝負するって大声で言っていたのを学食で聞いたことを思いだした。
「ぶっちゃけ藤田って経験人数は何人?」
私は藤田がなんと答えるのか興味が湧いた。
「まあ、年相応だよ」
「年相応ってどれくらいなん」
「10人くらいかな」
童貞が随分と大きく出てきたなと感心した。せめて片手の指くらいにしておけばいいものを、なぜここまでハッタリをかます必要があるのだろうか。
「20歳の男子って普通は経験人数ってどれぐらいなん」
「まだ無いやつもおるな。俺はかなり多いほうだな」
経験人数なんて無いなら無いで全然問題ないのに、こんなことで私に見栄を張る意味がわからない。
「そんな経験人数豊富な藤田的にはもう普通の女の子とはやってられんと。そういうことなんや」
藤田の表情がやや苦しげなものに変わった。
「そんなことはない。普通の女の子でも別に全然いけるしな」
私の中の悪魔が囁いた。
「そしたら、私が相手でもできる?」
藤田の表情にあきらかに動揺の色がみえた。
「斎藤と?うーん、どうかな。なんとも言えないな」
藤田が氷しかないコーラを音を立ててすすった。手が震えているのがみえた。
「ねえ、ぶっちゃけ藤田は私のことをどう思ってるの。今日だって二人きりで映画観に来てるんだよ」
藤田がストローでしきりに氷をかき混ぜ始めた。
「いや、わかってるけど。藤田は私なんかに興味ないってこと」
「いや、別に斎藤に興味がない男はいないんじゃないかな」
藤田はそう言うとトレイの上に散らかっていたハンバーガーの包装紙をきれいに折りたたみ始めた。
「もしもよ、もしも私が経験豊富な藤田のアレに興味が湧いてきたっていったら、どうする」
「斎藤相手じゃどうかな。興奮するかわからんしな」
そういう藤田の脚がリズムをとるようにして上下にせわしなく動いている。藤田の挙動にはあきらかに無駄な動きが増えていた。
「そうよね、私なんかじゃ興奮しないだろうな」
私はわざとらしく視線を落として、上目遣いに藤田の顔を見た。藤田はポテトの容器を幾重にも折りたたんでいた。
「さ、斎藤はさ、いままで何人ぐらいの男と経験があるんだよ」
藤田が私の顔をみながらそんなことを訊ねてきたが、わたしと目が合わないように目線をあちらこちらに泳がせている。
「ひとりしかないねん。だからここだけの話なんだけど、経験豊富なひとのセックスに興味があるんだよね」
ひとりしかないというのは嘘なのだか、動揺している藤田を釣り上げるために過少申告をしてみた。ふーん、そんなものかと言いながら藤田は氷しか残っていないコーラをすすっていたが、ストローの先端は噛まれてボロボロになっていた。
「経験豊富なひととやったらどんな感じなんだろうってたまに想像する」
藤田はようやくコーラをテーブルに置いた。噛まれてくしゃくしゃになったストローに藤田の動揺と葛藤をみた。
「ちなみに、さ、斎藤は好きな体位とかあるのか」
随分と話が飛躍したような気がする。
「そんなんも知らんしな、経験豊富な人から教わりたいよね」
そうか、例えばこんなのもあるし、こんなのもあるし、でも結局は相手とのコミュニケーションというか、流れに沿ってだな。
藤田の高説を聞きながら、ラインが届いたふりをして、ごめんね急用が出来たからまたねと藤田と別れた。おう、またなと藤田が答えた。
♢
藤田とはもう次はないんだけどなと思いながら、渋谷の雑踏を歩いた。このたくさんの人達のうち、何人ぐらいの人が今夜セックスするんだろうと想像したら、なんだか可笑しくなった。その足で先週から付き合いはじめた吉岡の待つ部屋に帰り、朝まで一緒に過ごした。
目が覚めてから隣で寝ている吉岡に言った。
「なあ、久しぶりに一首できた」
吉岡が眩しそうな目をこすりながら私の顔をみた。
「童貞が 身振り手振りでありえない 体位を語る 渋谷のマック」
「お前性格悪いな」
吉岡が眠たげな眼をしたまま笑いながら言った。
「お前もな」
私は吉岡の顔を見ながら答えた。そして私は吉岡の喉仏を見ながらふと思った。
「吉岡の本当の経験人数って何人なの」
「数えたことないけど、多分10人くらいかな」
それが嘘だなんてすぐにわかるのに。
見栄の張り方が子供みたいだと思いながらわたしは吉岡の頬にキスをした。
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