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第10話 店員に厳しい日本人【下書き再生第二工場】


 2024年8月 フランス パリ

 フランスの首都・花の都パリ。この世界でも有数の華やかな都市で開催されるパリ・ハラリンピック。この大会に日本からも大勢の選手が参加して、世界の強豪たちと熱い闘いを繰り広げる。

 前回の東京ハラリンピックで日本はパワーハラスメント競技で金銀銅。セクシャルハラスメント部門で銀と銅。モラルハラスメント部門でも金と銀の二冠と華々しい結果を残した。それに加えてマタニティハラスメント部門においては個人と団体で全てのメダルを奪うという史上初の快挙を遂げた。だか、メダルを期待されたカスタマーハラスメント部門で日本は惜しくもメダルを逃した。

 「やっぱりね、ほかの競技に負けてられないと。今回もメダルがゼロだったら、もう日本に帰らない。そんな覚悟でやります」

 カスタマーハラスメントチームのキャプテン渡辺恵子(49)が取材陣を前に決意を語ってみせた。勝っても負けてももう帰って来てほしくないんだが、それはさておき緊張した表情に彼女の今大会に懸ける意気込みが滲み出ていた。

 カスタマーハラスメント競技は1対1で行われる。3分間のパフォーマンスを交互に3回ずつ行い、3人の審判団による採点で競われる。国際大会で認められている言語は英語とフランス語、それからスペイン語である。

 おのずと日本選手には不利になるのだが、近年日本で非常に盛り上がりを見せているカスタマーハラスメントにおいて、代表選手に対する期待も当然大きい。

 そうした中、日本代表選手の1人である佐藤圭(72)が現地のレストランで給仕を怒鳴りつけた上に執拗に罵倒し土下座を強要して、警察に通報されて逮捕されるというトラブルを起こしてしまった。

 そのことが逆に日本チームへ対する期待を否が応にも高めた。そんな重圧の中、渡辺と池田篤史(32)が競技に臨む。

 池田は1回戦でトルコ代表ゾルタン(28)と闘ってこれを破り、2回戦まで進んだが惜しくも韓国代表のオ・ソンギュ(52)に負けた。メダルの期待は一身に渡辺に寄せられることになった。

 「やはり韓国は強いです。力の差を痛感しました」

 池田は取材陣を前にして力のない声でそのように語り、うなだれた。取材陣の誰もが池田に対して、普段からうなだれて生きろよとツッコミたい気分になった。

 そして今大会ではキャプテン渡辺の調子は決して良くは無かった。1回戦では中国代表の楊朱光(55)に瀕差で勝利し、2回戦では対戦相手のイギリス代表のカベンディッシュ(21)の自滅により勝利を手にした。

 だが渡辺はここまで一つとして相手をねじ伏せるかのような本来の強い力を出し切れていない。そしてメダルが取れるかどうかの瀬戸際である3回戦ではカナダ代表ケリー(29)を相手に圧倒的な強さを見せ、銅メダル以上を確実にした。

 「わたしが今まで散々苦しめてきた、鬱病にまで追い込んできた店員さんやコールセンターの受付の人達のためにも、必ずメダルを獲ります」

 メダルとか要らないんだけどとりあえず、迎えた決勝戦で、渡辺は2回目のパフォーマンスを終えた時点でオ・ソンギュと一対一の同点であった。

 張り詰めた緊張感が漂う中で3回目のパフォーマンスが始まった。そして先攻のオ・ソンギュが圧倒的強さを渡辺に見せつけるかの如く、オのキャリアを振り返っても最高のパフォーマンスを繰り広げた。そんなオのパフォーマンスが最高潮に達し、誰もがオ・ソンギュの勝利を確信したその瞬間、審判の笛が鳴り黄色の旗が上がった。オ・ソンギュの反則だった。彼はルール上禁句とされている「ごめんやけど」という言葉を言ってしまったのだ。

 この反則によりオ・ソンギュは3ポイントを失った。これでオ・ソンギュと渡辺の立場が逆転した。ほぼ勝利を手中に収めていたオ・ソンギュの顔に焦りの色が浮かんだ。

 五分五分だと思われていた試合の流れが変わった。3回目のパフォーマンスで渡辺が貫録を見せつけるかの如く、容赦のない鬼畜のようなパフォーマンスを見せ、満点を叩き出し、ついに金メダルを手にした。

 表彰台の中央で涙を流しながら金色に輝くメダルをかざす渡辺に送られる拍手も賞賛の声も当然のことながら、無い。

 こうしてパリ・ハラリンピックは東京大会に続き日本が大量のメダルを獲得して幕を閉じた。

 もう何ていうか、さすがハラスメント大国日本。日本人選手の快進撃はいつまで続くのだろうか。もううんざり。

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