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肺血栓塞栓症(PE:Pulmonary Embolism)の診断 

肺血栓塞栓症(PE)は肺動脈が血栓により閉塞する疾患です 多くが下肢の静脈血栓に由来し、その血栓が肺動脈で詰まることで発症します
5 Killer Chest Paintと呼ばれ致死的な疾患にも関わらず、診断が難しい疾患のひとつです
災害でのエコノミークラス症候群が話題になりましたが、近年高齢化、担がん患者、診断能の向上により増加傾向にあります
今回はどういった状況でPEを疑い診断につなげるか、まとめてました

ハイライト


PEの疫学

PEの発生率は年間1000人当たり0.38人と言われます
アメリカでは年間約10万人がPEにより死亡していると推定されています
重症なPEは急激な経過をたどります 死亡例の約11%が診断後1時間で亡くなっています(Chest. 2002 Mar;121(3):877-905. PMID: 11888976.) 
亡くなった後の剖検により初めて発覚することもしばしばあります
それだけ診断が難しい疾患である、ということです

PEの症状

PEの症状は非特異的であり、症状だけで診断するのは難しいです
頻呼吸、頻脈が多いと言われますが、他疾患でも見られます
症状における感度と特異度を提示します

Am J Med.2003 Feb 15 :114(3):173-9.PMID:12637130を参考に著者作成
Am J Med.2003 Feb 15;114(3):173-9.PMID:12637130
J Am Coll Cardiol.2011 Feb 8;57(6):700-6.PMID:21292129を参考に著者作成

5 Killer Chest PaintのひとつであるPEですが、胸痛の感度・特異度はいまいちです ほかの喀血や失神、めまいに関しては感度は低く、特異度が高い症状が多いです 
症状がある場合には肺塞栓症を疑いますが、ないからといって除外することはできません 
またこれらの症状はほかの多くの疾患でも見られるため、肺塞栓症だけを考えればいいわけではありません 身体所見でも同様のことが言えます 
ほかの情報と合わせて複合的に判断する必要があります

肺塞栓症のリスク因子

臨床推論は事前確率と所見、検査の精度を掛け合わせて判断します
事前確率で重要なのがリスク因子です その人がどれだけ肺塞栓となりやすいかを評価します
Virchow(ウィルヒョウ)の三徴候がよく知られています

ほかにはPEの原因となる静脈血栓塞栓症の危険因子として以下の項目が知られています

Circulation. 2003 Jun 17;107(23 Suppl 1):I9-16. PMID: 12814980.を参考に著者作成

これらに該当する項目がないか、PEを起こしやすいかどうか評価します

PE診断のための予測ツール

PEの臨床的確率の評価方法として、Wells RuleやRevised Geneva Scoreなどがあります
Simplified versionも存在し、精度は同等と言われています 救急外来の場では簡易版でよいと思います
(日本循環器学会.肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン 2017年改訂版 より)

実際にどうすればよいか

診断は疑わなければできません 
事前確率を正しく規定するために以下の特徴がないか見ていきます

①発症様式:血栓が移動し肺動脈に詰まるのは短時間で起こります 
ゆえに突然発症であることが多いです 
しかし30%ほどでは時間単位で症状が出てきたという報告もあります

②説明ができないVitalSingsの異常:PEでは頻脈、低酸素、頻呼吸をきたす場合があります 検査で他疾患の有意な所見がなく説明できない場合にはPEを想起しましょう
例えば、肺炎と考え胸部CTをとったが肺野に浸潤影やスリガラス影がない場合が当てはまります
熱があればPE否定できるのでは、と思うかもしれませんが、実はPEでも14%~26%ほどで発熱します(Circulation. 2007 Feb 13;115(6):e173-6. PMID: 17296860.)

③リスク因子に該当:事前確率を規定するうえでリスク因子は重要です
例えば、10代の痩せた男性で血液疾患がない胸痛の症例ではPEの事前確率は下がるでしょう むしろ気胸を疑うと思います
一方、同じ年代でも月経困難症で経口避妊薬を飲む女性では、PEの確率はあがります
リスク因子を言語化、数値化したものが診断ルールです 
特に診断がうまくつかない場合には立ち返ってスコアリングしてみましょう

診断のヒントとなる検査所見

PEで有名なものは心電図での「SⅠQⅢTⅢ」です
これはⅠ誘導のS波>1.5mm・Ⅲ誘導ののQ波>1.5mm・Ⅲ誘導の陰性T波を指して言われます
しかしこの所見を認める頻度は10-20%ほどと言われています
洞性頻脈や陰性T波のみの場合のほうが頻度は高いです
また10-25%ほどは心電図異常がなかったという報告もあります
再三言っていますが、PEではこれ!という所見がなく造影CTを撮るまでわからないというのが診断を難しくしています

下肢の静脈エコーも有用です 静脈血栓症がないか、ヒントになります
実際に静脈圧排法(エコーを当てながら押しても静脈がつぶれない=血栓がある)で評価します
PEでは30-50%ほどで陽性になると言われています これもまた所見がないからと言ってPEではないと言えません 

D-dimerも肺血栓塞栓症の診断に有用です
下肢の症状やPEが疑わしい場合には500μg/L未満、該当しない場合には1000μg未満をカットオフとして判断します
しかし臨床的確率が高い症例ではD-dimerの数値を参考としつつ造影CTを撮ったほうがよいでしょう 
あくまで中等度以下の症例での判断に使う方がよいです

最後に

今回はPEの診断に関してまとめてみました
確定的な所見がないため、診断までに時間がかかった苦い経験があります
立ち返るとリスク因子を評価できていない、安易に他疾患と決めつけてしまうのが反省点です
大動脈解離も同様ですが、常に鑑別にいれ可能性がないか評価する必要があると考えます

参考文献
・日本循環器学会.肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン 2017年改訂版
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2017/09/JCS2017_ito_h.pdf

・坂本壮.救急外来ただいま診断中!第2版.中外医学社

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