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愛知県の地震 1

こんにちは。今日は名古屋市市長選挙ですね。
名古屋のお天気はいかがですか?

さて、愛知県。昨日も地震があったようです

愛知県西部の震度2以上の地震リスト

愛知県西部の震度2以上の地震の特徴は、

✅ 大部分の震源の深さが40km~50kmである
✅ 震央が分散している

直近の愛知県の地殻変動

全国的に沈降する観測点が増加したムーブに従い、2024/9/11-9/25 と2024/10/12-10/16 の2期間の平均値を比較すると
愛知一宮 -0.92cm、愛知大口 -0.45cm、甚目寺 -0.34cm、
名古屋 -0.07cm、日進 -0.03cm、瀬戸 -0.22cm、知多 -0.17cm、
常滑1 -0.21cm、常滑2 -0.24cm、額田 -0.26cm、下山 -0.2cm、
愛知豊田 -0.14cm と多点で微かに沈降しています

地殻変動 垂直 1か月間
地殻変動 水平 1か月間

次は、活断層です

愛知県の活断層

愛知県の活断層を検索すると多数出てきますが、それらには"解釈"があります
下の動画のように地震が発生すると断層面が摩擦熱で破壊されますこの破壊は、断層面の物質の性質によって時間経過とともに修復され固くなると考えられます
また断層面にかかる力や貯まった歪みも海洋プレートの沈み込みの進行などによって変化すると推測します
従って、「同一の断層でも地球の長い歴史における時期によって性質は異なる。断層の直上だから他の場所より危険であるとは断言できない」

次章からの断層の説明は複雑です。他地域の方が読むのには適さないです

JASMEC 様による実験
愛知県の活断層概略図

大高-高浜断層

大高-大府断層(8㎞)と高浜撓曲崖(3㎞)は、従来別々の断層と考えられていたが、衣浦湾の音波探査や地質構造の調査結果から連続している可能性が高いことが判明した。この活断層を、今後大高-高浜断層(21㎞)と称する。断層の存在が初めて確認されたので、確実度はⅡからⅠになった

大高-高浜断層は、平均変位速度が0.1~0.15m/千年と推定されたので、活動度はBとなった

大高-高浜断層の活動間隔は、平均変位速度から1万年~ 1.7万年程度と推定され、最近活動した年代は2~3千年程度前と推定される可能性が高いので、次の地震の発生は差し迫ったものとは考えられない。ただし、やや小規模な地震の発生は予測できないので、無警戒というわけにはいかない

加木屋(かぎや)-成岩(ならわ) 断層


加木屋断層(13km)は、物理探査結果及び地質構造の調査結果から、阿久比撓曲(3.5km)と連続し、さらに半田市南部の成岩(ならわ) 地区まで伸びていることが明らかになった。従ってこの断層を、今後加木屋-成岩断層(30km)と新称する。 また、断層の存在が初めて確認されたので、確実度はIIからIになった

加木屋-成岩断層は、平均変位速度が0.12m/千年と推定されたので、活動度はBです

加木屋-成岩断層については、ボーリング調査及び既存調査による平均変位速度から活動間隔を約2万年と推定した。活動度が高くないため、地震発生の可能性は一般的には高くないと考えられる。ただし、この断層沿いには、最近活動した証拠は得られておらず、トレンチ調査の適地も存在しないため、将来の地震発生時期の予測を厳密に行うことは不可能である

図-1 活断層位置概略図 出典

阿久比東部撓曲


従来加木屋断層の一部と考えられていた阿久比町から半田市亀崎地区付近に至る断層は、物理探査結果や地質構造の調査結果から、加木屋断層とは連続せず、別の構造であることが判明した。従って、今後これを阿久比東部撓曲(3.5km)と新称する

平井撓曲及び阿久比東部撓曲は、この数十万年では活動している証拠が得られなかった

トレンチ調査―――――  活断層のトレンチ調査は、断層の通過している場所に調査溝(トレンチ)を掘り、その断面や平面の観察によって、過去に起こった断層運動を解読していく方法です。地層の中の土器などの遺跡や植物の化石から年代に関する情報を入手し、断層運動の発生時期や活動の間隔を把握していきます

写真-3 大高-高浜断層のトレンチ観察とその様子を取材するテレビ局
図-2 トレンチ地点位置図

H7、8 [愛知県]加木屋断層、高浜撓曲崖及びその周辺の活断層調査

伊勢湾断層帯

図1 伊勢湾断層帯の概略位置図 (長方形は図2の範囲)

伊勢湾断層帯は、伊勢湾中・北部の海域に分布する断層帯で、木曽川河口の南方海域 から愛知県知多郡南知多町の南方海域に延びる伊勢湾断層帯主部と、愛知県知多郡美浜町の沖合いから、三重県安芸(あげ)郡河芸(かわげ)町沖合いに達する白子-野間(しろこ-のま)断層からなる(図1、2、表1、3)。 伊勢湾断層帯主部は、全体の長さが約 42km で、北東側の相対的隆起を伴う断層であるが、長さ約 25km の北部の伊勢湾断層と、長さ約 17km の南部の内海(うつみ)断層に 細分される。 白子-野間断層は、長さが約 21km で、北側が相対的に隆起する逆断層成分をもつ断 層である。 断層帯主部、白子-野間断層、いずれにおいても横ずれ成分は確認されていない

図2 伊勢湾断層帯の活断層位置と主な調査地点 伊勢埼断層帝主部は北部(伊勢津断層)と用部(内海断用)から構成される A: 図4及び図5、B: 図6及び図7、C: 図8の測線位置 活断層の位置は海上保安庁水路部(1995)、愛知県(19906)、愛知県防災会議地地震部会〔1997)伊藤ほか(1998)などから編集した岡田ほか(2000)に基づく
図3 伊勢湾断層帯主部,白子-野間断層及び鈴鹿沖断層の位置関係

伊勢湾断層帯主部

🔵 北部が伊勢湾断層で全長 約 25kmのの東側隆起の逆断層、南部が内海(うつみ)断層で約 17kmの断層からなります
🔵 平均的なずれ速度は上下成分で、北部が0.1m/千年程度、南部が0.2m/千年程度です
🔵 1回のずれの量は上下成分で 、北部が1〜1.5m 程度、南部が 1〜2 m 程度
平均活動間隔は北部が1万年-1万5千年程度で、南部が5千年-1万年程度🔵 最新の活動は北部が概ね1千年前以後-5百年前以前(それ以前の約4千年前以後-1千年前以前 の間は活動なし)、南部が概ね2千年前以後-1千5百年前以前です
🔵 北部の地震規模はM7.2 程度で、ずれの量は上下成分で、1-1.5m 程度
南部の地震規模はM6.9 程度で、ずれの量は上下成分で、1-2m 程度
北部と南部が1区間として活動する場合の地震規模はM7.5 程度で、ずれの量は上下成分で3m 程度

白子-野間断層


名古屋市の断層

名古屋市の地形

名古屋市は、濃尾平野の東部に位置し、沖積平野と熱田台地、東部丘陵で形成されている。沖積平野においては、熱田台地の北を庄内川、 矢田川、東部丘陵から低地にかけて山崎川、天白川が流れている。また、熱田台地の西縁には崖が形成され、堀川が流れている。なお、市内を南北に縦断する国道 41 号から JR 中央本線付近の一段低い面を大曽根面と呼ぶ

2012年、名古屋大大学院環境学研究科の杉戸信彦研究員(理学)らのグループが航空写真や地質調査の分析で、名古屋市街地に南北に2本、活断層が縦断している可能性があることを発見したとの報道あり。研究グループは、川の水による浸食や風化などでこのような地形はできないことから、活断層の可能性が高いと結論づけた

堀川断層には、高さ10メートルの「崖」がある。断層が動いた際には一度に2メートルほどしか隆起しない場合が多く、過去に何度も活動していると推察されている。また、この地域の地殻変動の経過から、この6千年間にも活動している可能性がある

2本の断層は、西側が、名古屋城の北西辺りから南へ、堀川の東沿いに通る、「堀川断層」。東側は市中心部北東の尼ヶ坂から始まり、中心部近くからほぼ東郊通に沿って南へ伸びる「尼ヶ坂断層」。

堀川断層は名古屋市北部の矢田川の南から名古屋城の西側、名古屋駅の東側を通り熱田神宮(名古屋市熱田区)近辺まで。尼ケ坂断層は北区の名鉄瀬戸線尼ケ坂駅付近から、中区の鶴舞駅付近へ延びている。

長さはいずれも10キロほどだが、さらに北側に延びている可能性もある。堀川断層はJR東海道線や新幹線、名鉄本線の線路と、尼ケ坂断層は名古屋高速1号楠線と、それぞれ一部が重なっている。

一部は約5キロにわたり高速道路の直下を走る。

堀川断層は一部が名古屋高速都心環状線にかかるほか、尼ケ坂断層は都心環状線の丸田町ジャンクションから、高速3号線と堀田駅が交差する辺りまで、約5キロの区間で高速の直下を通るとみられる。

また既存の地質データから、地層の深さが急に変化し、ずれが生じたとみられる箇所があることも確認。約1万2千年前以降に堆積した新しい地層に変形があり、それより古い時代でもずれのあとがあるなど、活動を繰り返してきたとみられることから、いずれも活断層と判断できるという。

この堀川沿いの断層「堀川断層」は私、以前から知っていました。名古屋の街は、400年前に清須から移転して来たもので、水害の恐れがある清須に比して、名古屋は台地状の地形。特に西側は堀川が掘削され、街造りで台地面が均されましたが、かなりの崖になっていました。今でもその様子が残っている場所がお城近くで見られます。この崖地形が断層によって高低差が引き起こされた結果だそうです。
 名古屋台地は東側にも一部、崖地形がありますね。しかしこの研究で示された尼ヶ坂断層とは少々ずれています。ただ道路の東郊通に沿って南へ伸びている点。東郊通は計画して作られた道路です。古い明治時代の地形図では、東郊通が通る辺りは特に集落は無く、何か人を遠ざけるものがあったのでしょう。
 東郊通は鶴舞の辺りから南は低地となっており、排水設備が整うまでは大雨ごとに道路冠水していました。それは建物が密集したためでありますが、元の地形そのものが低いんです。断層が低地の成因かもしれません。そして今、この東郊通には高速道路が通っています。
 名古屋を含め、この濃尾平野は地質的には第四紀層で、河川堆積物が溜まって出来た比較的新しい層です。堆積物が厚く、地下の断層が中々見つけにくいものでもあります。過去には1891年の濃尾地震で、濃尾平野には幾重にも走る断層があることが知られています。ただ濃尾地震では名古屋までは震源域(破壊範囲=断層が動いた範囲)になっていない

https://blog.goo.ne.jp/mitake3067/e/08fb93ad4405dea265329bafa8771bc6
https://blog.goo.ne.jp/dreamupworld/e/3699ed4c8562993ffc78258b46334532
https://www.nikkei.com/article/DGXNASFD0502E_V01C12A1CN8000/


堀川断層は名古屋市の調査報告書の断層Aです

数値標高モデルのステレオ画像を用いた活断層地形判読から指摘された堀川断層と尼ケ坂断層


論文、後藤 秀昭・杉戸 信彦 E-journal GEO Vol. 7(2) 197-213 2012 の愛知県に関する記載です。なお、この内容に関する名古屋市の公式見解は次章に記載した

2012年3月28日以降,国土交通省が実施してきた航空レーザーによる 数値標高モデル(DEM) が公開されました。これをもとに活断層を判読した論文によると、名古屋市街地付近に分布する熱田面は,古矢田川が形成した南北に延びる大曽根面によって東西に分断されている(図4)
熱田面の西半部の地形面は南北に長軸を持ち,軸を挟んだ両側に対照的な凸型斜面を有する高まり地形(板付きのカマボコ状)を成し(新修 名古屋市史編集委員会編1997)、その西縁は直線状の崖地形に限られるこの崖地形に沿って中田・今泉編 (2002)では活断層の存在が推定されている(図4)
この断層を以下では,堀川断層と呼ぶ
5 mメッシュ DEMから作成したステレオ画像を見ると、この推定活断層の北延長の沖積面において、変動地形を新たに認識できた。ここでは熱田面および沖積面の変動地形を報告するとともに、既存の地質学的な報告を簡単にまとめる。熱田面西半部の西縁をなす低崖の平面形態は、西側に緩くふくらむ一つの弧を描いたような特異な形態であり(図4)、河食崖や海食崖とは考えにくい低崖の断面形態は,一般に見られる浸食崖による断面よりも崖の幅が広く、緩やかであり、西方への撓曲変形に起因する可能性がある(図5、Pn4, 5)。また,熱田面 には板付きのカマボコ状の高まり地形を認めることが でき(図5,Pn4, 5)、背斜による変形の可能性があるしたがって,中田・今泉編(2002)と同様に、低崖の基部付近に東側隆起の逆断層を推定することがで きる
一方、熱田面西半部の東縁は大曽根面形成時に古矢田川により河食を受けたと考えられている(松沢・嘉 藤1954; 社団法人土質工学会中部支部編1988)。古矢田川は、西へ傾斜する熱田面上を南流して下刻したことになり、最大傾斜方向に直交した流路で、浸食地形として異常な現象である。熱田面の背斜状の高まり地形が形成され、流路が南へ屈曲させられたと考えると地形発達を説明しやすい。背斜の東翼は西側隆起の逆断層によって限られている可能性が高く、これを尼ケ坂断層と呼ぶ。大曽根面は大局的には流下方向を示す南傾斜であるが、細かく見ると尼ケ坂断層よりも西で 東に傾斜している(図5,Pn5)
大曽根面の南方の沖積面においても東への傾斜が認められる(図5,Pn6, 7)。熱田面の背斜状の変形がこの沖積面にも連続することを示唆する。熱田面の北に広がる西傾斜の沖積面においては、中田・今泉編(2002)の推定活断層の北に高度の不連続を見出すことができる(図5,Pn1, 2, 3)。また、この高度不連続の約1500 m東側には、同じ沖積面が東に傾斜しており、原地形の逆傾斜が認められる。この逆傾斜を伴う沖積面の変形は、熱田面に見られる背斜状の高まりと同様であり、沖積面にも変形が連続しているように見える。こうした高度不連続や逆傾斜は沖積面上の旧流路中にも認められ、一連の沖積面が変形したものと認識できる(図4,図5のPn2, 8, 9)
したがって、堀川断層・尼ケ坂断層は、完新世にも活動した確実な活断層と判断するのが適当と考える。この活断層の存在は地質学的な資料とも矛盾しない地質断面図(社団法人土質工学会中部支部編 1988)からは明確な断層構造を読み取ることは困難であるが、田層上部基底面や同下部基底面の等深線図からは活断層に沿って深度の変化が読み取れる。 海津・岡田(1990)が示した名古屋駅付近の東西地質断面図では、御嶽山からの軽石層を含む熱田層が連続的に追跡されており、堀川断層付近で大きく深度が異なることが示されている。また、断層の低下側にある熱田層の上位には沖積層が不整合に覆っているのが 読み取れる。社団法人土質工学会中部支部編(1988) の沖積層の基底深度を示す等深線図では、堀川断層の低下側で断層の走向に直交する東西方向の埋没谷が記 されている埋没谷が熱田面の開析谷であることから,熱田面西縁が浸食崖でないことが強く示唆される
その他、足立(2002)は,重力異常から500 m程度 の「固い岩盤」のずれを指摘している。詳細は不明であるが、事実とすれば堀川断層と関係する可能性も考えられる.
濃尾平野東部では上述した名古屋市街地付近以外にも、春日井市町屋町付近や犬山市街地付近一宮市街地やその北方等変動地形の可能性のある地形があり、今回記述した活断層の連続を含め、変位地形の再検討を行う必要があると考える

図4 名古屋市街地付近の地形と活断層図 A: 活断層分布図,B: 地形アナグリフ.基盤地図情報数値標高モデル5 mメッシュから作成.
図5 名古屋市街地付近の地形断面図 測線の位置は図4を参照.基盤地図情報数値標高モデル5 mメッシュから作成.断面の上にある下向 きの矢印は断層線の位置を示す.


名古屋市の公的見解


調査の結果、市内に明瞭な地層の変位は確認されなかったが、一方で、地表を撓曲(とうきょく)させる断層の可能性は否定できないという結論に至りました
※撓曲(とうきょく)とは…地表にたわみが現れること。(下の図を参照してください)

天白河口断層
岐阜・一宮断層

【名古屋市付近に推定されている断層に係る考察】
・断層 A、B、C については、地形断面では幅が広く緩やかな坂が形成されるなど、これまでの論文等で指摘されていた地形の異常が再確認された
・ボーリングデータによる検証では、一部で地層の連続性が見られない箇所やある地層のレベル に標高差がある箇所が確認されたが、明瞭な地層の変位は確認されなかった
・ボーリングデータによる検討においても、先述のとおりそれぞれの断層に傾斜が確認され、特 に A については、熱田面の平均傾斜が 1,000m あたり 2m 程度であるのに対し、堀川付近では 1,000m あたり 5m 以上の傾斜が見られた
・仮に、これらを断層による撓曲 とうきょく であると解釈すると、10 万年に 10m 程の変位と推定され、断層が活動した際にはその周辺で地震動が発生し、これらの断層が名古屋市の直下という防災上重 要な位置にあることを考慮し、対策を講じる必要がある

名古屋市防災会議地震災害対策部会報告書
名古屋市内を横切る堀川断層におけるS波反射法地震探査 →東側隆起の逆断層であり、沖積面が変位を受けているため、完新世にも活動した活断層として指摘している
熱田台地北方,矢田川左岸の沖積低地に発達する旧河道の形成時期 (2019年度日本地理学会秋季学術大会)←愛知県名古屋市北区黒川本通二丁目のボーリング調査の結果報告

図1 調査位置図.
活断層等は後藤・杉戸(2012),条里地割等は金 田(1980)の図 1.8 による.背景の段彩図は国土地理院基盤地図情 報数値標高モデル 5 m メッシュを用いて作成.条里地割等は,地理 院地図の 1945~1950 年正射航空写真を参照しながら,自然堤防の 位置が合うように重ね合わせた

天白河口断層


調査位置図

天白河口断層は、天白川の河口付近にほぼ東西に延びており、ほとんどは海底または埋め立て地の下にあるため、その分布を直接地表でとらえることはできません

調査地域全景 提供:国際航業株式会社

天白河口断層は数条の断層に分かれ、北に向かって基盤の東海層群が階段状に落ち込んでいる様子が分かりました

平成9年度までの調査による解釈断面図

H9 名古屋市の活断層調査

まだ続きがありますが、長くなりましたのでここまでです
最後まで読んでくださいましてありがとうございます

良い12月をお迎えください



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