脳波100周年

 ドイツの精神科医だったHans Bergerが頭蓋電極から電気信号を初めて記録したのは1924年の7月6日であり,この日が脳波の始まりである.
 今回はRossini, P. M., Cole, J., Paulus, W., Ziemann, U. & Chen, R. 1924-2024: First centennial of EEG. Clin. Neurophysiol. 170, 132–135 (2024).を簡単にまとめていって,脳波について勉強していきたい.

-脳波の発見
 脳波の起源をたどっていくと,18世紀の後半にLuigi Galvaniがカエルの足に2つの金属をつけると筋収縮が起きることを確認し,「動物電気」を発見したことまで遡る.1875年にイギリスの生理学者であるRIchard Catonが,動物の脳から電気活動を測定した.その電気活動は脳活動に応じて変動しており,それが将来的な研究の基盤となった.1924年6月にドイツの精神科医であるHans Bergerが頭蓋骨に電極をおくことで人間の脳からの電気活動の記録に成功した.
 Hans Bergerは,人が覚醒してリラックスしている時,特に閉眼しているときは,EEGの周期が主に8-13Hzの周期であることを発見してα波と名付けた.また,α波の振幅や存在が計算や理由付けなどの認知的活動によって抑制されることも示した.集中や精神的活動に伴って,15-30Hzのβ波が出ることも特定した.当初はアカデミアよりもメディアでの注目度が高かったが,ノーベル賞受賞者でもあるエイドリアン卿がBergerの実験を再現し,脳波の存在を信じる人が増えていった.
 William Grey Walterは3チャンネルのEEGを測定できるオシロスコープを作り,脳腫瘍の診断に役立て,手術や麻酔の確認に用いるようになった.また,ベルガーの例にならって,遅いEEG活動をδとθと名付けた.

-脳波の臨床応用
 第二次世界大戦後もヨーロッパやアメリカで脳波は発展した.1947年にロンドンで第1回国際EEG会議が開催され,続いて1949年にパリで第2回会議が開催され,その際に国際臨床神経生理学連盟(IFCN; International Federation of Clinical Neurophysiology)も設立された.この2つの重油な会議を経て国際パラメータ(10-20システムなど)が定義されていった.
 脳波が臨床に導入され,かつては性格の問題とされていたてんかんが脳機能の電気生理学的な障害だと位置づけされるようになった.William Lennox,ErnaとFrederic Gibssによって行われた研究は,神経疾患のバイオマーカー開発において大きな役割を果たした.Henri Gastautと「マルセイユ学」は一次性/二次性てんかんのいくつかを詳細に調べ,脳波と臨床病型,および発作間欠期EEGパターンを定義した.
 第二次世界大戦中,兵士の脳損傷が増加したため外傷性てんかんと焦点性てんかんの研究が進んだ.モントリオール神経研究所のペンフィールドと同僚はEEGでてんかん原性領域を特定した.てんかん原性領域を特定するために皮質脳波(ECoG; electrocorticography)が行われ,ECoGの"random spike"が焦点を特定するのに最も信頼性が高いことが判明した.PenfieldとJasperによっててんかんは皮質損傷でそのものではなくその周辺によって起きることを示した.
 1960年後半に「脳死」の概念が導入され,EEGの記録と解釈を専門とする医師や技師が大きな病院に広がっていった.
 睡眠の神経的特徴が定義され,Albert Einsteinも議論に加わっていたことがある.PSG(polysomnography)の研究が行われ,異なるsleep stageが発見されたのが2009年のことである.

-コンピューターとさらなる脳波の発展
 qEEG(Quantitative analysis of EEG)はMary BrazierとNorbert WienerがアナログコンピューターでEEGを確率論的プロセスとしてモデリングすることで1961年に誕生した.このようなアプローチはすぐにデジタルコンピューターにとってかわられ,誘発電位の記録や高速フーリエ変換分析によるEEEGスペクトラム,イベント関連活動評価や脳の老化,コネクティビティや規範的モデリングへの道が開いた.qEEG解析の可能性のため,pharmaco-EEG(神経,精神科的薬剤によるEEGへの影響)が70年代,80年代に人気が高まりました.
 Duncan George Dawsonが1951年に行った研究の後,マイクロプロセッサやデジタルコンピューターが70年代に導入されて,トリガーに時間同期した単一施行を平均化することで,刺激関連EEG電位の記録が可能になった.この方法では刺激に関連しないEEG電位はキャンセルされ,刺激との時間的関係が固定されている信号は保持される.これによって外部刺激(視覚,聴覚,体性感覚)や内因性刺激(認知など)に対する脳の反応の記録が可能となり,MS,新生児難聴のスクリーニング,聴神経腫瘍,脊柱管狭窄などの診断において使われるようになった.中枢神経に障害のある奨励への誘発電位とEEGモニタリングは術中・ICU管理の補助になった.Martin Halliday,John Desmedt,Jun KimuraとFrancois Mauguiereらは誘発電位の発生とメカニズムにおいて重要な役割を果たした.
 非侵襲的なブレインマシンインターフェイス(BMI)は,EEGとコンピューター,ロボットなどの外部機械への直接的な連絡である.この方法は重度の神経学的障害のある患者の感覚運動機能を支援,増強または修復するために私用されてきた.BMIの研究はカリフォルニア大学のJacques Vidalによって1970年代に始められた.近年では,マシンラーニングの導入によって統計的時間的特徴が発展し,精神状態(リラックス,集中など)や気持ちの状態(ネガティブ,ポジティブなど),動作的プログラミングの区別/分類などが出来るようになった.脳と筋肉の相互作用も高度なEEG解析で研究されており,健康な人における動作メカニズムや運動障害の病態生理学的な考察に満ちた情報を提供している.この分野ではMarc Hallettが有名である.

-経頭蓋磁気刺激(TMS; Transcranial Magnetic Stimulation)とEEG
 30年ほど前に非侵襲的なTMSへのEEG反応を記録することが可能になった(TEPS; transcranial evoked potentials).TMSとEEGの組み合わせによって皮質を直接刺激して脳の電気的反応を計測できるようになった.記録は患者のベッドサイドで低コストで可能であり,運動野(MEPs),視覚野(VEPs)の外側でも脳の興奮性に関する除法が得られ,TEPは離れた皮質領域の活性化の時間的順序に従うため,機能的な脳ネットワーク内での相互作用のダイナミクスを追跡できる.また高密度のEEGを個々人の構造的神経画像と組み合わせると空間分解能も良好になる.
 TMS誘発電位は,刺激部位から連合線維を介して同側へ,また横断脳梁線維を介して対側へ,投射線維を介して皮質下構造へ広がる.よってTMS-EEGは皮質間の相互作用や,1つの領域の活動が他の領域の進行中の活動にどのように影響するかを研究することができる.いくつかの神経伝達物質受容体(NMDAやGABAa/GABAb)がTEPの生成や調節に関与していると考えられる.最近のいくつかの研究ではこの技術を利用して皮質のどこで長期増強または抑制可塑性現象が誘発されるかを評価することが可能になった.
 TMS-EEGによるTEPsの固有周波数の検出は,うつ病,統合失調症,てんかん,認知症,意識障害などのさまざまな神経精神疾患において皮質領域ごとの固有周波数をマッピングできる可能性ができ,診断につながる可能性がある.

-脳のコネクティビティ,EEGと神経変性疾患
 皮質層と皮質下核のニューロンの集団は,解剖学的および機能的なつながりを介して継続的に情報を交換しており,この接続に沿ってニューロン集団が協力/通信している.この協力/通信が表される方法の 1 つは,ニューロン集団の振動発火の同期の量とタイミングである.ニューロン集団の振動発火は位相が合ったりずれたりするが,これはニューロン振動発火の「結合/結合解除」として定義される ( Pina et al., 2018 ).この理論的枠組みでは,脳は膨大な数のネットワークの「容器」と見なすことができ,各ネットワークはノード (ニューロン集団) とエッジ (接続) によって表される.結合/結合解除は一時的で非常に早い現象 (数十ミリ秒のオーダー) である可能性があり,多くの場合,エネルギー消費の変化を必要としない (発火頻度の変化がなく位相が一致しているため).これら 2 つの側面により、fMRI による結合/結合解除の分析が不可能になる.fMRI は,脳酸素化レベル依存 (BOLD; brain oxygen level dependent) 信号生成のためのヘモグロビンの緩和時間と絶妙にリンクしている.近年,グラフ理論やエントロピー分析などの数学的手順が,研究,そして最も重要な臨床分野 (認知症の早期診断など) で,脳 EEG 活動のネットワーク アーキテクチャとカオス的構成を評価するために効果的に使用されている ( Stam ら、2023 年Cacciotti ら、2024 年).

-臨床におけるEEGの現在と未来
 EEGは脳機能障害の大量スクリーニングに有効であることが証明されている唯一の画像診断法であり,ミリ秒単位の時間識別能も兼ね備えている.これは、どの機能的脳画像診断法でも達成できないものであり、十分な時間分解能で脳のダイナミクスと階層を調査できる点で唯一無二の可能性を秘めている。また,fMRI などの他の診断法では検出できないエネルギー消費を伴わない脳活動の変化を追跡することもできる.将来的には,携帯型デバイスで記録された頭蓋 EEG 信号により、現在のBMI 実験のような侵襲的システムから得られるような直接の環境相互作用を,分析できるようになる.侵襲的システムでは,脳のさまざまな (多くの場合、離れた) 領域を同時に関与させる複雑なネットワーク構成が必要な場合など、脳活動の全体像を把握することはできない.
 近い将来,EEG と TMS-EEG でシナプス伝達,興奮性,接続性における初期の病態生理学的特徴を検出し,未発症/発症初期の神経変性疾患(認知症など)を検出する感度の高いツールにもなる可能性がある.EEG の研究は以前として,信号の定義・分析・解釈に重点を置いており,インストールと記録の技術的な部分がやや軽視されている点は重要である.この視点からは,インストールと記録の簡便化も,発展の軸となる.ドライ電極,事前に電極が接着されたヘッドキャップ,WiFi または Bluetooth のEEG は,神経科医や神経科学者にとって重要なだけではなく,検査技師・看護師・救急治療室や集中治療室にとっても重要であり,テクノロジーの民主化は貴重な目標になりうる.
 新しい技術は,EEGの解析や臨床への応用に対して持つ可能性があるが,臨床医からの理解や,デジタルツール・データ形式・ハードウェア/ソフトウェアソリューションの国際標準が実装されることが必要である.ますます手頃な価格になるハードウェアは,人工知能アルゴリズムと仮想現実の進歩と相まって,EEGベースの脳コンピュータ装置に大きな可能性を秘めている.EEGの長い歴史の中で,低コスト・非侵襲性・携帯性・時間分解能は比類のない価値があるというコンセンサスがある.よって,EEGを脳健康のバイオマーカーとして応用できる可能性があると思われていることは注目に値する.

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