プロ棋士になる夢を絶たれた「将棋の子」の人生は壮絶だった
とても良かった.日本将棋連盟で職を得て「将棋世界」の編集長を務め,数多くのプロ棋士と交流してきた著者が,プロ棋士になる夢を絶たれた若者たちのその後の人生に目を向けたノンフィクション.
将棋のルールを知らなくてもまったく問題ないし,将棋に限らず勝負の世界に共通する残酷さが胸に突き刺さるので,是非読んでみて欲しい.
舞台は「奨励会」の3段リーグ.奨励会はプロ棋士養成選抜組織で,ここで上位2位以内に入れば,4段に昇段できる.これがプロ棋士になるための必要条件だ.
そこには厳しい年齢制限が存在する.プロ棋士になるためには,26歳までに四段にならなければならない.できなければ問答無用で退会となる.社会知らずの無職として放り出される.
小さな頃から「天才少年」と呼ばれてきた若者が,自分の限界を思い知らされ,夢破れて,奨励会を退会した後,一体どのような人生を送っていくのか.その実例が紹介されている.
著者の大崎善生が奨励会の若者たちと接していたのは,編集部に配置転換される前のことだ.当時はまだ古い世代が活躍していた.そんな奨励会に羽生善治が先導する新しい世代が入ってくる.同世代には,後のタイトルホルダーが居並ぶ.この天才軍団はそれまでの常識を塗り替え,将棋そのものを変えていく.驚くべき勝率で勝ち進み,昇段していく.
その陰で,勝つことも昇段することもできずに,奨励会を退会していく若者も多くいた.その中には,著者に懐いていた若者もいた.様々な事情を抱えて,年齢制限が迫ってくる恐怖に耐えながら将棋に向かい合う,あるいはそこから逃げ出す若者たち.将棋にすべてを捧げたのにもかかわらず,夢破れて,将棋界から去らなければならない若者たち.そんな若者たちの未来とは一体どのようなものなのか.
それが厳しいものであろうと想像はするものの,実際のところはわからない.それを示してくれるのが本書「将棋の子」だ.
「将棋の子」の絶望が悲しい.それでも,著者が若者に向ける暖かい目線と,「将棋の子」の未来が開けたことに救われた気がした.
© 2022 Manabu KANO.