価値あるインターンシップとは何か:MIT-PSの体験から
インターンシップが実質的な選考を兼ねるようになり,多くの学生が複数のインターンシップに参加するようになった.競争率が高くてインターンシップに参加すること自体が難しいとも聞く.学生の様子を見聞きしながら,昔参加させてもらったMIT Practice Schoolを思い出した.以下の文章は2012年に書いたもので,一部修正して掲載する.
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1~2週間程度,お客さん待遇で大学生や大学院生が企業に滞在するインターンシップに大した価値はないと思っている.ただ,インターンシップは無意味だという意見を聞くと,それは素晴らしいインターンシップを知らないだけではないかとも思う.
もう10年も前(注:元記事は2012年に執筆)の話になるが,私が参加させていただいたプラクティススクール(以下PS)について紹介したい.PSは米国マサチューセッツ工科大学(MIT)化学工学専攻の博士後期課程・修士課程用プログラムであり,学生は2ヶ月間に及ぶ企業でのプロジェクトに計2回(合計4ヶ月)参加する.日本の大学院に無理矢理あてはめると,修士論文を書くくらいの重要なプログラムと見なされている.詳細は,Practice School – David H. Koch School of Chemical Engineering Practiceを参照していただきたい.学生を受け入れるスポンサー企業リストには,BASF,BP,GSK,Merck,Morgan Stanley,Novartis,Pfizer,Shell等,世界的に有名な企業が並んでいる.
PSの歴史は古く,1916年に設置されて以来,多くのMITの学生を世界各地の企業に送り込んできた.日本国内にもスポンサー企業がある.それが三菱化学だ.現在は,横浜の研究所で東京大学が実施しているだけのはずだが,以前は水島事業所でも実施していた.私が参加させていただいたのは,その三菱化学水島事業所でのPSだ.(注:元記事は2012年に執筆)
2001年8月,三菱化学のご好意により,プロセスシステム工学研究室(私の旧所属研究室)の学生4名が夏休みの1ヶ月間を利用して,PSに参加させてもらえることになった.本来,PSは2ヶ月で1プロジェクトを実施するが,京都大学から2ヶ月間派遣するのは困難であったため,1ヶ月のプロジェクトとしていただいた.各学生はMITの学生2人とグループ(1グループ3人)を組み,1ヶ月間でプロジェクトを成し遂げなければならない.しかも,そのプロジェクトというのは,インターンシップ用のプロジェクトごっこではなく,本気である.PSのウェブサイトには,三菱化学でスポンサーとなった部署の75%が技術的進歩や教育効果があったとし,さらに,30%が実際にブレークスルーがあったと報告していると紹介されている.
これだけの成果を残せるPSプログラムと,日本でありがちなインターンシップとの差は何か.詰まるところ,それは,企業と大学の覚悟の差だと思う.実際,PSに投入されるリソースは半端でなかった.まず,MITは,PS専任教員を雇用し,PS期間中,教員とポスドクの計2名を学生と共にスポンサー企業に常駐させる.教員はプロジェクト選定に責任を持ち,PS実施の半年ほど前から,スポンサー企業と協力してプロジェクトの選定を行う.スポンサー企業が本気でブレークスルーを望み,2ヶ月間(MIT-京大PSの場合は1ヶ月間)で成果が見込まれ,かつ教育効果が高いと判断されるプロジェクトが選ばれる.スポンサー企業は,スタッフと学生の受入費用を全額負担する他,企業が持つありったけのリソースをPSに提供する.正社員と同様,各学生にデスクとパソコンが与えられ,プロジェクト遂行に必要なソフトウェアも用意される.社内情報にアクセスできることは勿論,必要なら別の国内事業所へ出張して実験も行う.プロジェクトを提案した部署の担当者は,学生と常に情報を共有し,あらゆる質問に答え,便宜を図る.双方がこれだけのことをするからこそ勝ち取れる成果がある.今,日本で実施されている多くのインターンシップとは全く次元が異なるのではないか.
三菱化学から正式に募集案内が来たときには,「こんな良い機会はないから,何としてでも応募しろ!」と学生を焚き付けた.しかし,英語を自在には使えない学生にとって,かなり辛い経験になるだろうとも思っていた.研究室の学生の問題解決能力を高く評価してはいたが,求められる作業のスピードと質が,彼らが未だかつて体験したことのないレベルであろうと予想されたからだ.英語も大きな障壁となるに違いなく,MITの学生が夜中まで作業するなら,英語ができない日本人学生は徹夜して追いつくしかない.それだけの覚悟をして,学生も私も参加した.
1ヶ月間のプロジェクトは次のように進んだ.MIT学生2名と京大生1名とで1つのグループを構成する.初日に,スポンサーからプロジェクトについての説明があり,目的や課題が示される.与えられた資料に目を通し,数日で最初の報告会を迎える.そこで,MIT学生Aがスポンサーに対して方針を表明する.この後,本格的な作業に入り,2週間が経過したところで中間報告を行う.その担当は京大生だ.最後に最終発表会でMIT学生Bが成果報告を行い,報告書を提出して,プロジェクトは終了となる.
私は1ヶ月ずっと参加することはできず,一足遅れて合流し,中間報告会終了まで現地に滞在した.その間,MITのスタッフと学生,そして当研究室の学生がプロジェクトに取り組む様子を見て,いろいろなことを感じた.そのいくつかを,ここで述べることにする.
何よりもまず,最も驚かされたのは,研究室の学生が中間報告会で素晴らしいプレゼンテーションを行ったことだった.プロジェクトを開始してから僅か2週間で,充実した内容の発表を英語で堂々と行えたのだから,素晴らしいとしか言いようがない.MITのメンバーからも高い評価を受けて,大きな自信になった様子だった.もちろん,その発表のために,連日早朝から深夜まで必死に準備をしたのだから,その努力が報われたと言える.「成功体験が人を育てる」と言われるが,PSでの体験はまさに成功体験の1つとなり,彼らを大きく成長させたに違いない.
実際,中間報告会の前は悲惨だった.三菱化学の独身寮に滞在させていただき,8時前に自転車で出社,夜8時頃までは会社で全力で(しかもMITの学生と英語で議論しながら)作業をし,寮に戻って夕食を済ませると,そのまま食堂を会議室代わりにして,深夜まで現状把握と方針確認のための議論,それにスライドと原稿の作成.発表前には,もう学生は気力と体力の限界に達していただろうと思う.本当にハードな生活だった.
一方,MITの学生に関しては,いろいろな面で驚かされた.まず感心したのが,最初の報告会だ.僅か数日しか時間がないにもかかわらず,論文だけでなく特許まで調べ上げて,課題解決のための方針をまとめていた.京都大学の普通の大学院生(修士課程)なら,専門分野以外のテーマだと1日に英語論文1報を読むのが精一杯だろう.英語力が大きな問題ではあるが,文献調査もよく鍛えられていると感じた.さらに,化学工学の基礎知識をしっかりと身に付けていた.流石,学生には寝る間もないくらい勉強させると教員が断言する米国トップクラスの大学院だ.テスト前だけ勉強したら十分だと多くの学生が思っているような大学との差を見せつけられた.また,基礎知識に限らず,各種ソフトウェアの活用など,困難なプロジェクトを遂行する上で不可欠な能力も身に付けていた.残念ながら,平均的な京大生では到底太刀打ちできないと思われる.平均的な大学生なら,なおさらだろう.もちろん,全員が完璧なまでに優れているというわけではない.いろいろと至らない部分はあるわけだが,スタッフが適切なアドバイスを与え,励まし,指導を行っていた.PSは実に優れた教育プログラムであると感じた.
私がインターンシップと聞いて思い浮かべるのは,このMITのプラクティススクールだ.これだけの成果を実際に叩き出すプログラムを無駄だなどとは言えないだろう.もし無駄なら,100年もMITが続けたりしない.残念ながら,日本でこれだけのプログラムを実施できる企業や大学がどれだけあるだろうかと思うと,そこに大きな壁を感じてしまう.しかし,実現を目指す価値はあるだろう.
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