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運転時居眠り検知技術について解説しよう:電気通信普及財団賞受賞

折角なので,この記事では運転者の居眠りを検知する方法を紹介しよう.素人向けに書くので,玄人は黙っていてもらいたい.

表題の通り,ウェアラブル心電計を用いて運転中の居眠りを検知し,交通事故をなくそうという研究の成果にて,電気通信普及財団賞(テレコムシステム技術賞)を受賞した.今回授賞対象となったのは,IEEE TBMEに掲載された以下の論文だ.

Fujiwara, K., Abe, E., Kamata, K., Nakayama, C., Suzuki, Y., Yamakawa, T., Hiraoka, T., Kano, M., Sumi, Y., Masuda, F., Matsuo, M., Kadotani, H.,
Heart Rate Variability-based Driver Drowsiness Detection and its Validation with EEG.
IEEE Transactions on Biomedical Engineering, 66(6), 1769-1778 (2018) 
https://doi.org/10.1109/TBME.2018.2879346

居眠り運転検知に関する研究は数多く実施されてきた.大学でも,自動車会社でも,自動車部品会社でも.

居眠り検知の方法としてよく知られているのは,運転者の表情をビデオ撮影して,画像解析によって眠そうかどうかを判定するという方法だ.しかし,覚醒していても眠そうな顔をしている人もいる.さらに,昼と夜,逆光や順光など,様々な影響が画像からの判別を難しくする.

ハンドル,アクセル,ブレーキの操作情報,それに速度や加速度など走行状態の情報を使う方法もある.この方法の場合,自動車に居眠り運転検知システムを装備しておく必要がある.

脳波計を使う方法もある.いちいち脳波計を装着する人がいるのか疑問だが...

そんなこんなで,我々の研究ではウェアラブル心電計を使う.心電計なら,脳波計よりも取り扱いが楽だし,自動車本体に細工をする必要もない.

心電計を使うといっても,心電図のすべての情報を使うのではなく,R波と呼ばれる心電図に現れる周期的なピークのタイミングのみを使う.R波とR波の間隔はRR間隔(RRI)と呼ばれ,その変動パターンは自律神経の活動状態を反映するとされる.このようなRRIの変動を心拍変動(Heart Rate Variability: HRV)と呼ぶ.

安静時にRRIが長くなり,運動時にRRIが短くなるというだけではない.ストレスがかかっているか,リラックスしているかといった状態の違いがHRVに現れる.HRVのパターンの違いを定量的に把握するために,様々な指標が使われてきた.平均や分散といった時間領域指標の他,特定の周波数領域のパワーやその比といった周波数領域指標だ.これらの指標の中には,交感神経と副交感神経のバランスを反映すると言われるものもある.

この心拍変動(HRV)を解析し,覚醒している状態と居眠りしている状態を判別できるモデルを構築しようというのが我々の研究だ.

覚醒している状態を「正常」,居眠りしている状態を「異常」と考えれば,居眠り検知はいわゆる「異常検出」に他ならない.私自身は随分と長くプロセスシステム工学分野で研究をしてきて,異常検出方法の開発と,その産業応用に携わってきた.古典的には,主成分分析(PCA)を用いて,正常状態における変数間の関係をモデル化し,そこからの逸脱を異常として捉える多変量統計的プロセス管理(Multivariate Statistical Process Control: MSPC)がある.1970年代に提案された古い方法だが,化学・鉄鋼・半導体・製薬など様々な産業界で活用されてきた.もちろん最近では,深層学習(autoencoderなど)を使うといった方法もあるが,原理は特に変わらない.

重要なのは,モデル構築に異常データを使わないことだ.一般に取得が困難な異常データを必要とせず,正常データさえあればモデルが構築できて,異常検出を実施できる.これがMSPCやそれに類する方法の大きな利点になる.

というわけで,我々の方法はこうだ.

ウェアラブル心電計をペタッと運転者に装着してもらい,RRIを計測する.このRRIデータをスマートフォンに無線送信し,スマホで心拍変動解析を行って各種HRV指標を算出する.このHRV指標を入力として,MSPCで異常検出指標を求めれば,居眠りを検知できる.

そして,これが実際にうまくいく.しかも,居眠りしているかどうかを怪しい顔表情判定に頼るのではなく,きっちりと脳波を用いて判定し,厳密に提案方法の有効性を検証したというのが我々の研究成果だ.

それにしても,優秀な共同研究者に恵まれているおかげで,このように一緒に受賞させてもらえるのは本当に有り難い.学生・卒業生も含めて,仲間に感謝するばかりだ.

ちなみに,トップの写真はインド・ムンバイです.居眠り運転とは関係ありません.

© 2021 Manabu KANO.

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