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ハーバードの次はスタンフォードの講義「20歳のときに知っておきたかったこと」

非常に示唆に富む本だ.本書「20歳のときに知っておきたかったこと」を際立たせているのは,これがスタンフォード大学で起業家精神について教える集中講義の様子を伝えていることだろう.多くの自己啓発本のように,自分のためだけに読むこともできるが,教育に活かすこともできる.冒頭には,次のように書かれている.

わたしは,スタンフォード大学の工学部に属するSTVP(スタンフォード・テクノロジー・ベンチャーズ・プログラム)の責任者を10年にわたって務めています.科学者や技術者に起業家精神とはどういうものかを教え,それぞれの役割のなかで起業家精神を発揮するために必要なツールを授けることが,わたしたちの目的です.純粋な専門知識を教えて学生を社会に送り出すだけでは不十分だとわたしたちは考えています.そして,おなじように考える大学が世界的に増えています.社会に出て成功するには,どんな職場であっても,人生のどんな局面でも,起業家精神を発揮して,みずから先頭に立つ術を知っておく必要があります.

この本で目指しているのは,読者のみなさんに新しいレンズを提供することであり,そのレンズを通して,日常でぶつかる困難を見つめ直し,将来の進路を描いてもらうことです.常識を疑い,身の回りのルールが本当に正しいのか再検証してもいいのだと,みなさんの背中を押したいと思います.不安はつきまとうでしょうが,おなじような問題にほかの人がどう対処してきたのかを知れば,自信が湧いてきます.そうすれば,ストレスを感じるのではなく,わくわくした気持ちになり,困難だと思ったことが,じつはチャンスなのだと気がつくことでしょう.

私も「講義=教育ではない.学生に知識を身につけさせることが教育の目的ではない」と宣言しているように,「純粋な専門知識を教えて学生を社会に送り出すだけでは不十分」と考えている.では,ありがちな講義ではなく,何をすればよいのか.学生には何が必要で,それはどうすれば与えることができるのか.このような疑問にヒントを与えてくれるのが,本書「20歳のときに知っておきたかったこと」だろう.

ティナ・シーリグ(Tina Seelig),「20歳のときに知っておきたかったこと スタンフォード大学集中講義」,阪急コミュニケーションズ,2010

私も自分なりに考えて,例えば「研究・技術・自分のマネジメント」などという講義を大学院(昔の所属先)で実施したりもした.本書では,常識を疑うスキルを磨くために,シルク・ドゥ・ソレイユを例にしたサーカスの演習,ルール破りを実践するために,最悪の解決策を最高の解決策に練り直す演習,チャンスを見極めるために,財布の問題を解決する演習,失敗から教訓を引き出すために,失敗のレジュメを書く演習,など,実際にスタンフォード大学で実施されている演習のいくつかが紹介されている.実に興味深い.

このような取り組みをする必要があるのは,生まれてから今までに刷り込まれ身に付けてきた我々の行動原理に問題があるからだ.無意識であるが故に恐ろしく強力な呪縛だ.

学生たちは,潜在能力を最大限に発揮し,場外ホームランを打ち,聡明さを輝かせてもいいという許可を渇望しているのです.残念ながら,たいていの状況ではこうしたことは起こりません.わたしたちは,「最低限の条件を満たす」よう促されています.つまり,要求されたことに応えるために最小限の努力をするように暗に明に促されているのです.(中略)学生には,自分が望む成績を取れる最小限の努力でいいという考えが,長年のあいだに刷り込まれます.仕事でも,上司がボーナスや昇進の査定に必要な基準をあきらかにすると,おなじことが起こります.

実際,京都大学工学部3回生の実態調査では,「大学での勉学に励んでいるか?」との質問に対して,46%の学生が「単位が取れる程度には」と回答している.なお,残りの学生は勉学に励んでいるというわけではない.19%が明確に「いいえ」と回答している.京大生がこの為体なのであるから,今のままでは日本の将来は暗いと想像しても無理はない.

だからこそ,人生へのモチベーションを高め,一瞬一瞬を大切にしようと思えるようになる何かが必要であり,より多くの人がハッピー&ラッキーな人生を送れるようになるための取り組みが必要だ.これが私のスタンスだ.

ハッピー&ラッキーな人生を送るためには,マスコミに煽られるばかりで少しも自分で考えて行動しない大衆のように,自分を取り巻く社会環境に文句を言うだけの人物に成り下がってはいけない.そうではなくて,すべては自分の責任であることを正しく認識する必要がある.かつて小泉政権が「自己責任」を合い言葉に,日本の社会基盤を崩壊させてしまったため,すべては自分の責任であることの意味を正しく受け止められる人はそう多くはないのかもしれないが...ともかく,政治が変われば幸せになれるとか,社会が変われば幸せになれるとか,そういうことなのではない.変わるべきは自分自身だ.そのことに気付くことこそが,大切な最初の第一歩である.

本書「20歳のときに知っておきたかったこと」には,自分の限界を打ち破り,自分の可能性に目覚めた学生が数多く紹介されている.自分が変われば,自分の目に映る世界も変わる.そのことを教えられる講義というのは凄い.

本書には,数々の「20歳のときに知っておきたかったこと」が書かれている.

共に働く人の質が最適になるようにキャリアを考えなさい,とランディは言います.そうすれば,巡ってくる機会の質が上がるというのです.できる人たちは,お互いを応援しあい,貴重なネットワークを築いていて,たえず新しいチャンスを生み出しています.自分が生活し,働いている場所の生態系によって,どんなタイプの機会が巡ってくるかが大きく左右されるのです.

全くその通りだ.類は友を呼ぶという真理はここでも通用している.自分の意識を変えれば,付き合う相手も環境も変わるだろう.

ある卒業生の言葉を思い出す.工学研究科の修士課程を修了しながら,外資系金融機関に就職したその学生は,「なぜ外資系金融を選んだのか」という私の問いに対して,「夢と情熱を持っている人達と一緒に働きたい.日本のメーカーの説明会にも参加したが一緒に働きたいと感じた人が少なかった」と答えた.それを機に,リクルート活動に関与する企業の人達に言うようにしている.「大学にOBを送り込んだら十分だとは思わないで下さい.良い学生が欲しいなら,夢と情熱を持って仕事に邁進している人でないとダメですよ」と.

あなたのために何かしてくれた人に対して感謝の気持ちを示すかどうかで,あなたの印象は大きく変わります.あなたのために何かしてくれたということは,機会費用がかかっているという事実を忘れてはいけません.(中略)お礼状は書いて当たり前で,書かないのはよほどの例外だと思ってください.残念ながら,実際にそうしている人は少ないので,マメにお礼状を書けば目立つこと請け合いです.

私が学生だったころ,教授が「礼状を書く」ことを学生に躾けていたのを思い出す.最初は工場見学のときだったか.感想文と礼状を強制的に書かされた.その後も,ことあるごとに,礼状を書くようにと言われた.

少し前に,松下政経塾を卒業した元学生から,いつも山積みにされた葉書が手元にあって,講演を聴いたら感想を書いて送り,何かをしてもらったらお礼を書いて送り,そのようにして縁を大切にしていると聞かされた.電子メールで済ましてしまわないところが偉い.電子メールでよしとしてしまう自分を反省しないといけないのかもしれない.

これを読んだ学生は学習しろよ.会社訪問をしたら礼状を書く.インターンシップに行ったら礼状を書く.ふ〜んとnoteを読んでいるだけでは意味がない.学んだことを自分の行動に反映させろ!

(学内で転んだとき)そのとき,少なくとも10人以上は通りかかったと思いますが,「どうしましたか?」と声をかけてくれた人はひとりもいませんでした.まさにこのとき,教室の前で転んだクラスメートや,母親を亡くしたクラスメートに,何と声をかけるべきだったかわかったのです.わたしはただ,「大丈夫ですか? 何かできることはありますか?」と言って欲しかっただけなのです.いまなら,こんなにシンプルな言葉でいいのだとわかります.

このように,起業家精神などという大袈裟なものばかりではなく,人間として他人と接しながら生きていく上での基本的なことも色々と書かれている.

次の指摘も,心に突き刺さる.

大人は子どもに向かって,「大きくなったら何になりたいの?」としょっちゅう尋ねます.そのことで子どもは,さまざまな機会にふれないうちに,進路を決めなくてはいけないという気になります.少なくとも頭のなかでは.そうなると,思い浮かぶのは身近な大人たちです.これでは,可能性が大いに狭められます.

子供の可能性を摘んでしまうような大人にはなりたくないものだ.

わたしが伝えたかったのは,常識を疑う許可,世の中を新鮮な目で見る許可,実験する許可,失敗する許可,自分自身で進路を描く許可,そして自分自身の限界を試す許可を,あなた自身に与えてください,ということなのですから.じつはこれこそ,わたしが20歳のとき,あるいは30,40のときに知っていたかったことであり,50歳のいまも,たえず思い出さなくてはいけないことなのです.

本書「20歳のときに知っておきたかったこと」を読んで多くの示唆を得た.自分の行動を見直すこともできたし,自分がやりたい講義についてのヒントも得られた.自分の可能性を広げるために,自分で設けた限界を壊すために,学生も卒業生も読んでみることを勧めたい.

というわけで,本書も研究室の課題図書に指定して,本棚に並べてある.

ティナ・シーリグ(Tina Seelig),「20歳のときに知っておきたかったこと スタンフォード大学集中講義」,阪急コミュニケーションズ,2010

目次
スタンフォードの学生売ります ─自分の殻を破ろう
常識破りのサーカス ─みんなの悩みをチャンスに変えろ
ビキニを着るか、さもなくば死か ─ルールは破られるためにある
財布を取り出してください ─機が熟すことなどない
シリコンバレーの強さの秘密 ─早く、何度も失敗せよ
絶対いやだ!工学なんて女がするもんだ ─無用なキャリア・アドバイス
レモネードがヘリコプターに化ける ─幸運は自分で呼び込むもの
矢の周りに的を描く ─自己流から脱け出そう
これ、試験に出ますか? ─及第点ではなく最高を目指せ
実験的な作品─新しい目で世界を見つめてみよう

© 2020 Manabu KANO.

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